雨が降っていた。木陰に横たえた青竹色の体へ水滴が落ちる。その冷たさで目を覚ましたハスブレロは、またあいつが来ているだろうと考えて体を起こした。
あじさいの茂みのほうへ歩いていくと、案の定、半透明の雨合羽がしゃがみ込んでいた。
「来たね」
毛先から滴を垂らしながら、少女が微笑む。
ハスブレロが隣に座り込むと、彼女は待ってましたという風に口を開いた。
「今日はね、きのみの勉強をしたよ」
麻痺になったことはあるかと問われたので、首を横に振った。
「そう。もし痺れたら、クラボの実を食べるといいんだよ」
少女はそう言って、手にした小枝で土をひっかき始めた。くるりと丸まった茎の先に、小さな実を描く。ハスブレロにとってそれは既知の事実だったが、二三頷いてみせると彼女は得意げに鼻を鳴らした。
それからふたりは何をするでもなく、雨音に耳を澄ませた。しとしと降り続く雨が青紫色の花を濡らす。
あじさいを見ていた少女を驚かし尻餅をつかせてからというもの、彼女はなぜかこの場所に足しげく通うようになった。
大抵はトレーナーズスクールとやらで学んだ知識を披露し、好いた男子の話を持ちかける。そして、雨の日は合羽を着て過ごし、「ハスブレロになった気がする」と笑うのだった。
けろけろけろ。
雨を喜ぶ仲間の声が聞こえて、ハスブレロは日が沈みかけていることに気付いた。
隣のビニール素材を肘でつつくと、「やだなあ」と帰宅を渋る声がもれた。
「ねえ、わたしが大きくなったら、わたしのポケモンになってくれる?」
唐突な質問に、ハスブレロは目をぱちぱちさせた。
誰かの手持ちになるなど、考えたことがなかった。水草のベッドと、うまい水苔。それに気の置けない仲間が自分のすべてで、一生この地で暮らしていくのだと思っていた。
――わからない。そう言うつもりで首を傾げた。
「そっか。そうだよね。変なこと聞いて、ごめん」
少女は立ち上がった。塗れた音をたてて土を踏み、小さく手を振った。
「またね」
遠ざかっていく背中がいつもより寂しげに見えたので、大きな声で呼びかけると、彼女は振り返ってにこりと笑った。
梅雨の記憶