シエナの視野の隅に動くものがあった。
客間を掃く手を休め、窓の外に目を向けると、柳色の外套がこそこそと動き回っていた。自称ハンターの不審人物である。シエナは思わず渋面をつくった。
「うわー、またあの人が来てますよ。茂みに隠れてるけどバレバレです」
「ホントだ。しばらく来なかったのに。しつこいネェ」ユーリィが言った。
「相当、伯爵に惚れこんでますね」
「やめろ。本気で気持ち悪い」
心底嫌そうな顔をしてヴァルトレートが本を閉じた。
傍らに控えていたダリムが溜め息をつく。
『どうしたら諦めてくださるのでしょう』
「ンー。無視もダメ、脅しもダメとなると……難しいヨネー」
「賄賂はどうですか? お金の力でガツンと!」
「アイツにやる金なぞ持ち合わせておらん!」
「えー、伯爵のけちー」シエナが口を尖らせる。
『あの方は強い信念をお持ちのようですし、買収に応じるとは思いませんが……』
「まったく。面倒な奴に目をつけられたものだ」
「重度のかまってちゃんですよね」
シエナが言うと、ユーリィに閃きが降りてきた。
「それダヨ! イイこと思いついタ」にやりと笑いながら、チョット集まってと三人を手招く。そして皆が頭を寄せ合うと、彼は小声で作戦を伝えた。
「うむ。物は試しだな」ヴァルトレートが頷いた。
「こんにちは。おにーさん」
「チッ……見つかったか」
不審な男――ジャックが振り向く。
シエナは笑顔を張りつけ、愛想のよい声音を選んで言った。
「また私たちに会いに来てくれたんですね! 遠方からご苦労様です。お茶でもいかが?」
「いらん! 今日という今日は、お前らを始末してやる!」
『威勢が良いですね』ダリムが微笑んだ。
「その不屈の精神ハ称賛に値スルよ」
「ああ。粘り強いな」
「何度敗れても立ち上がる姿はだるまのようですね!」
シエナは我ながらうまいことを言ったと得意気だった。
「敵に褒められても嬉しくない!」
ジャックがわめいた。その頬は赤く染まっていたが、可愛らしいと思った者はひとりもいなかった。
「おだててお帰り願おう作戦、失敗ですね」
やれやれとでも言いたげに、シエナが肩をすくめた。
「なめやがって! これを見ろ!」
ジャックが指した先は、屋敷の基礎だった。そこに、何やら数字を刻む機械が取り付けられている。セメントで塗り固められていて、簡単には取れそうにない。
「何ですかそれ?」
「冥土の土産に教えてやろう。これはな――」
「アララ、また死亡フラグ立てちゃってるヨ」ユーリィが呆れた。
「うるさい! いいから聞け!」ジャックはなんとか自分のペースを取り戻そうとしていた。「これは見てのとおり時限爆弾だ。こんなナリだが、ここら一帯は軽く吹っ飛ぶぜ。お前らの命はあと五分ってわけだ」
シエナたちはいまいちピンとこない顔をしている。
「驚くとか焦るとか、反応ってものがあるだろ!?」
「だって……ねえ」シエナがヴァルトレートを見た。
「お前が設置したものだからな。説得力がない」
「なんだと!」
「ソレに、時限爆弾の解体は成功スルものだシィ?」
『……だといいのですが』
「ほらほら、もうすぐ爆発するんでしょ? おっさんは逃げなくていいの?」シエナは言って、ジャックに詰め寄った。
「ちくしょう! ほざいていられるのも今のうちだ!」
荒々しく言い残して、彼は森のなかに姿をくらました。
シエナが息を吐いた。「やっと行きましたね」
「うむ。清々した」
『それで、爆弾はどうするのですか?』
「じゃあ、ボクが解体スル!」ユーリィが手を挙げた。
「いや、俺が!」とヴァルトレート。
「ここは私が!」とシエナ。
「どーぞどーぞ」ユーリィとヴァルトレートの声が重なった。
「ちょっ……ダリムさんが手を挙げてませんけど!」
『申し訳ありません。私はあまり手先が器用ではありませんので』
「そうだな。頼んだぞ、シエナ」ヴァルトレートは爽やかな笑顔のまま、園芸用のはさみを手渡した。
困惑しているシエナの背中をユーリィが励ますように叩く。
「キミは肝が据わっているカラ、適任だとオモウ」
「ああもう、わかりましたよ!」
どたどたと足音をたてて、問題の箱の前へ屈み込んだ。デジタル時計と爆薬が二色のコードで結ばれている。
「赤い線と、青い線がありますけど」
「ドキドキの展開ダネ~」
「そこ! 楽しまない!」
「ふむ……」
ヴァルトレートは真面目に推測しようとしたが、馬鹿らしくなってやめた。不審者の考えることはわからない。
「任せる。どちらを切っても構わん。お前は悪運が強いからな」
『シエナさん……どうかご無事で』
「どうなっても恨みっこなしですよ!?」
シエナは爆弾に向き直った。赤と青のコード。それは温と冷を意味しているのだろうか。火と水のようにも見える。紅葉と秋の空にも似ている。そこまで考えたところで、何が何だかわからなくなった。
「なるようになれ!」
ぱちん。
「そろそろだな……」
遠く離れた森のなかで、ジャックは腕時計を食い入るように見つめていた。
秒針が、刻限を告げた。爆音はない。
何かの間違いということもあるから、もう数分待った。何も聞こえない。木の葉のさざめきと、鳥のさえずりのほかは。
「あいつら……」
悲しいような、笑いだしたいような気分になって、ジャックはがくりと崩れ落ちた。
お約束の展開