二月はまだ寒さがこたえるけど、わりかし食べ物には困らずにすむ。
節分になると大多数の人間は大豆や落花生をまくので、オレはそこらじゅうに落ちている豆を拾い集める。
寺社でも豆まきが行われるが、あれは人が多すぎて奪い合いになるから参加しない。狙い目は個人宅の庭だ。地面に落ちたものを食べようとする人間はそういないから、確実に豆を集められる。
豆拾いを何年も続けていればどの家が豆をまくかわかるし、競合者は鳥くらいのものなので、効率よく数日分の食糧を確保することができる。
そして今日は、タダで食糧がもらえる奇跡のような日だ。
美少年ネスに通っているお陰か、朝からオレの下駄箱やロッカーはお菓子であふれかえっていた。
それを持ち帰り用のポリ袋に入れていると、女子――ほとんどはクラスメイトだったけど、中には全然知らない子もいた――が「これ食べて栄養つけてね」とか「元気になってね」と言って、チョコやマフィンをくれた。ありがたい!
ただ不思議なのは、皆が皆「お返しはいらないから」と言い添えたことだ。
オレの家の事情を知って気を遣っているのか、それとも同じ中学だった女子が、オレのホワイトデーのお返しは食べられる野草なのだと喧伝したのか……どちらにせよ、返礼不要はありがたい話だった。
下校時、いつものように校門近くで待っていた実里さんは、オレがサンタのように担いだポリ袋を見るなり仰天した。
「す、すごいね守くん……! いっぱいもらったね」
「はい! これでひと月は食べていけますよ!」
「よかったね。日持ちしないものから食べるんだよ?」
「そうします! カビでも生えたら最悪なんで!」
オレが言うと実里さんはそうだね、と和やかに笑った。
帰り道の途中、通行人が少なくなったところで、実里さんは「私も渡すものがあるんだ」と歩く速度を落とした。
「……あんまり期待しないでね」
「大丈夫です。オレにとって、もやし以外すべてご馳走なんで」
「手作りにしようかどうか、すごく迷ったんだけど……」
なんだか申し訳なさそうに鞄から取り出したのは、可愛らしくラッピングされた袋だった。大きさはノートほどもある。期待せざるを得ない。
「はい。ハッピーバレンタイン!」
受け取ったとたん、ずしりとした重みが腕に伝わった。
「すげえ! 質量すげえ! 開けていいですか!?」
実里さんはちょっと不安そうな表情で、こくりと頷いた。
袋の中から現れたのは、ぶ厚くて長い、延べ棒のようなチョコレートだった。しかも二本も入っている! オレにはそれが、まるで本物の金の延べ棒のように輝いて見えた。
「うひょおおおお! 糖分じゃああああ!!」
「なんの趣もないけど、値段のわりにたくさん入ってるのがいいかなと思って」
「コスパ最高じゃないですか!! さすが実里さん、わかってますね!」
「よかった、喜んでもらえて」実里さんの顔が明るくなった。「それほんとは製菓用なんだけどね、そのままでも美味しいんだよ」
「すげえ嬉しいです! 今度お礼しますね!」
「えっ? いいよ。大変でしょ」
「いえ! 実里さんにはおにぎりの恩もあるので……。クッキーでいいですか?」
定期的におにぎりを差し入れてくれる実里さんは命の恩人だ。お礼をしないわけにはいかない。
だが、実里さんはあくまで遠慮した。
「私にクッキーを買うくらいなら、ご家族にパンでも買ってあげて。ねっ! 私はそこらに生えてる花とかでいいから!」
「心配いりません! あてがあるんです」
「そうなの? ……じゃあ、もらおうかな。ほんとに少しでいいからね!」
「はい! ホワイトデー、楽しみにしててください!」
オレは今度、先生からクッキーをもらったら実里さんに譲ろうと心に決めた。
君へ捧げる