「ちょっと、あなたたち!」
 石畳を歩いていたファウルフェローとギデオンは揃って振り返った。見ると少女が仁王立ちしている。
「そう、そこの二人よ。大事な話があるからこっちに来てちょうだい」
 彼女は居丈高に言い放つと踵を返した。
 思わず顔を見合わせる二人。ファウルフェローはこの小さな相棒が彼女の懐から何かを頂戴したかと訝しんだが、どうやらそうではないらしい。不思議に思いながらも後を追う。
 少女は閑散とした通りを抜け、人目につかぬ路地裏へ入った。つと立ち止まり、射るような眼差しで二人を見る。
「それで? 話とはなんだね?」ファウルフェローが促した。
「あなたたち、先週そこの道を通ったでしょう」
「はて。どうだったかな」
「とぼけたって無駄よ。わたし見たんだから! あなたたちがランピーを連れ去るのを!」
 その名前に覚えはなかったが、先週といえば悪ガキたちを馬車へ連れて行った日だ。彼らの中にランピーという名の少年がいたのかもしれない。
「……ああ! 思い出したぞ」ファウルフェローは人のいい笑みを浮かべた。「連れ去ったんじゃあない。夜に坊やが出歩いてるもんだから、心配して声を掛けたのさ。聞けば家出だって言うんで――」
「嘘よ」
 少女の声がますます冷たくなった。
「後をつけたら馬車が出るところを見たの。ランピーの他にも何人か乗っていたわ。みんな揃って家出したとでも?」
 息を吐いて、少女は指を突きつけた。「ねえ。あなた、人攫いなんでしょう?」

 問われた本人は目をパチクリさせ、それから楽しそうに口をゆがめた。
「たいした度胸だ。なあ?」
 目配せを受けたギデオンが頷く。
「その人攫いになんの用だ? サインでもするかね?」
 ファウルフェローはそう言って、そばの壁に手をついた。広がったマントに隠れたギデオンが、そろそろと後退し始める。
「いいえ結構。わたしはあなたと取引しに来たの」
「取引?」
「わたしにお金をくれれば、あの夜見たことは黙っていてあげる」
 これには肩を揺らして笑った。年端もゆかぬ少女が金を要求してくるとは! しかも、話の主導権が自分にあると思い込んでいる。
「俺から金を奪ってどうするつもりだ? 金ってのは汗水垂らして働いて得るもんで、人様からむしり取るもんじゃない」
「お母さんに薬を買うの。手段なんか選んでいられない」
「それはそれは……」
「同情しなくていいから。乗るの? 乗らないの?」
「ふうむ……」ファウルフェローは唸って、少女の背後に相棒が現れるのを待った。「そうだな……」
「警察のお世話になりたいかどうか、ただそれだけの話だと思うけど」
 そう少女が言ったとき、横道からギデオンが顔を出した。無事に回り込んできたようだ。彼は懐から木槌を取り出して、少女の頭に狙いを定めた。
「よーし決めたぞ」と高らかに言う。「答えは――」
 続く言葉を待つ少女に、木槌が振り下ろされた。
 倒れこんだ小さな身体を抱き留める。ギデオンはすぐさま木槌をしまい、心配そうに覗き込んできた。
「平気さ。気を失ってるだけだ」
 手早く埃を払い、乱れた髪を直してやる。
「さて、こいつをどうするか……」
 血色のよい頬を押してみる。先程とは打って変わって安らかな表情だ。年相応の顔もできるんじゃないか、とファウルフェローは思った。
 しかし相手が子どもであろうと、このまま放っておけば足が付いてしまう。
「いっそ仲間にしてみるか」
 ぽつりとこぼした言葉にギデオンが目を丸くする。
「この嬢ちゃんには悪の素質があると思わんかね? 強気で、欲が深くて、抜け目がない。いくら親のためとはいえ人をゆするなんて、そうそうできやしないぜ」
 ファウルフェローは口の端を持ち上げた。
「それに人間の子どもがいりゃあ、悪事の幅も広がるしな」
 得心したのか、ギデオンが嬉しそうに首を振る。異論はない。
「それじゃ、早いとこ帰って祝杯をあげよう! ……まあ、いざとなりゃ島の遊園地に入れちまえばいいさ」
 二人は上機嫌で暗がりの中を歩いていった。

選択肢はひとつだけ