あ、と私の口から間抜けな声が漏れたのは致し方ないことだった。仕事帰りにコーヒーショップへ寄ると、先日私がコーヒーをこぼしてしまったグリフィンの姿があったのだから。
 あの赤いニット帽と、ふかふかの重ね着。間違いない。なんて偶然。
 私が近づく気配を感じ取ったのか、グリフィンは雑誌から顔を上げ、幸せそうな笑みを浮かべた。
「ユメ! よかった、また会えた!」
「私も会えて嬉しいです。グリフィンさん」
 彼が隣の座席をぽんぽんと叩くので、私はそこに腰を下ろした。

「ここに来れば君に会える気がしたんだ。でも会えない可能性もあった。もし道に迷った観光客が自力で辿り着くのを諦めて、通りかかった君に道を尋ねていたら、君は親切にも行き先を変更していたね。あるいは君がショーウインドウの中のテディベアを見つけて、自分のご褒美に奮発していたら、その分コーヒーを控えてここには来なかったかもしれない」
「じゃあこうして再会できたのは、いくつもの偶然が重なった結果なんですね」
「そうそう。ちょっとした奇跡だよ」
 グリフィンはそう言ってキャラメルマキアートを口に含む。

 彼が早口で紡ぐ「もしも」の話は妙に現実味があるのだ。すれ違った通行人の中に迷子の観光客がいたかは知らないが、私は大のテディベア好きだから、可愛いくまを見つけていたら衝動買いしていたかもしれない。
(あれ? でも……)
「なぜテディベアが好きだと?」
「ん……ナイショ」グリフィンは口をもぐもぐさせながら、ケーキの乗った皿を寄越した。「これどうぞ、ユメの分」
 彼はきっと凄腕の占い師か何かだ。私が来ることを見越してふたつ頼んでいたのかと思うと、わりと嬉しい。

 そう、思えば私は前回会ったときから彼に惹かれていたのだ。道行く人の人生を垣間見せるおとぎ話と、とびきりキュートな笑顔、そして彼の人柄に。
「ドーナツのほうが良かった?」
 ぼうっとしている私を、青く澄んだ瞳が不安げにのぞき込んで――やはり、私の胸は高鳴った。
「いいえ、これが一番好きです。いただきます」
 胸の奥が温かくて、少し苦しい。奇跡は、私の心の中にも起きていたらしい。

ミラクル

(恋が叶う確率はいかほどか)