クルーズ船でランチを済ませたディスポとユメは海風に当たっていた。今日はやや風が強く、ディスポの大きな耳が風にはためいている。
 海や遠くの街並みを眺めながら、満ち足りた気持ちでユメは口を開いた。
「ディスポくんとこういう時間が持てて嬉しいな。付き合ってからいろいろな所に連れて行ってもらって、すごく世界が広がったよ。ありがとう」
「オレこそキミにはいつも元気をもらってる。ほんと、欠かせない存在だぜ」
 ディスポは小首を傾げた。
「ユメちゃんもそう思ってくれてるか?」
「うん!」
 相思相愛ってやつだな、とディスポはウインクした。そして、ユメの後ろに回り、そっと抱きしめた。
 身近に感じるディスポの体にユメの息は止まった。スレンダーな体だと思っていたが、こうして触れると男性ならではの力強さがある。
「今、ドキドキしてるだろ? キミの心音がよーく聴こえるぞ」
「聴かないで、恥ずかしいから……!」
「悪いが、どうしても耳に入ってしまうんだな。これが」
 ディスポが楽しそうに笑ったとき、ほかの乗客が談笑しつつ背後を通り過ぎていった。ユメは人の目を意識して赤面しそうになった。
「わ、私、お手洗いに行きたいな」
「わかった」
 ディスポから解放されたユメは息をついてトイレに向かった。一階は空いていなかったので、上の階に移動する。
 用を足してから外階段へと足を向けたとたん、近くで悲鳴が上がった。逃げ出す客たちの中心には、ひとりの男。刃物を振り回しながら周囲を威圧している。
「どいつもこいつも浮かれやがって! 許せーん!」
 ユメは後ずさったが、脚に力が入らなくなってへたり込んだ。
 恐怖に覆われたデッキに、一階から何者かが跳躍してきた。赤と黒のタイトなヒーロースーツに着替えたディスポだった。
「なんだぁ? おまえ」
「オレはプライド・トルーパーズ最速の戦士、ディスポ! オレがここに乗り合わせたのが運の尽きだ。皆の楽しい時間を壊す悪党め。成敗してやる!」
 ディスポはさっと身構えた。
「ちっ! 厄介なやつ」
 男は意外な速さでユメに接近し、刃物を突きつけた。
「ひっ……」
「まずはこいつからだ! おまえはそこで指をくわえて見てやがれ!」
「貴様、よくもオレのユメちゃんを!」
「ああ? おまえの女か? オレはなあ、幸せそうなやつを見るとイライラすんだ! それがカップルならなおさらだ!」
 こうしてやる、という言葉とともにユメの首に痛みが走る。
 その瞬間、ディスポから紫色の気が立ち上ったかと思うと、目の前から姿が消えた。
「いってえ!」
 刃物がカランと音を立てて落ちる。ディスポが一瞬のうちに男の背後に回り、腕をひねり上げたようだ。ユメは拘束から抜け出した。
 その機を逃さず、ディスポは男を力任せに蹴飛ばした。
「許さんぞ……絶対にな」
 上を向かせた男の腹に拳を叩き込む。容赦のない連打だ。
 やがて男は力なく倒れた。どうやら失神したらしい。
「こんなに弱くてよく犯行に及んだもんだぜ」
 ディスポは吐き捨てて、ユメに駆け寄った。
「ユメちゃん! 無事か!?」
「うん……」
「血が……! くそっ! オレとしたことが!」
 ユメは恐る恐る自分の首に触れた。血は少なく、それほど深い傷ではないように思える。
「今、手当てができる物を持ってくる」
「ここにいて」
 ユメはディスポの体にすがった。戸惑ったように背中に手が回される。その温かな感触に緊張がほどけていき、じんわりと涙がにじんだ。
「怖かった……」
「オレがついていながら、こんなことになって本当に申し訳ない。もう二度と怖い思いはさせん……! 約束するぜ」
 そう言うとユメを抱きしめる力が増した。

危険なクルーズ