ずい、と差し出したのは缶に詰まった焼きたてのクッキー。温かく、甘い空気が鼻をくすぐる。気分の良い今日、はりきりすぎて大量に作ってしまったのだ。
 御近所の皆様や死神様などあげたい人はたくさんいるけれど、だれよりも先に阿修羅に食べてほしくて、そっと呼び出した次第である。しかし、肝心の彼は手を伸ばそうとしない。

「大丈夫、ほら、毒は入ってないから。味も保障するよ」

 私が1枚を無造作に選び、口に入れてみせると、阿修羅は頭に巻いているマフラーを解き始めた。
 やせていく頭と、反比例して積み上がっていくマフラー。私が4枚目のクッキーを食べ終える頃には、端正な顔立ちが露わになっていた。 肌は世界中の女性がうらやむ白さである。やはり、マフラーのおかげなのだろうか。私も日焼け防止に顔マフラーを始めてみようか。

(いや、でも、それじゃ阿修羅とペアルックみたいじゃない! 恥ずかしい! 私たちまだそんな関係じゃないわ)
 オメデタイ思考を頭の隅に追いやりながら、クッキーをそろそろと口に運ぶ阿修羅を見つめる。

 さく、さく、さく。

「……悪くない」
「そう、よかった! たくさんあるからもっと食べてちょうだい。紅茶のおかわりもあるからね」

 私の言葉に小さくうなずき、缶に手を伸ばす阿修羅。ああ、自分の作ったものを美味しいと言ってもらえることが、こんなにも幸せだとは――! ニヤけすぎないようにと表情をひきしめ、ふと、彼の顎から目が離せなくなった。

 彼に、食べられたい。その細い顎で、粉々に砕かれたい。私が焼いた、クッキーのように。

(そうだ、この指を切り落としてプレゼントすれば、きっと喜んでくれる。リボンを結べばもっと素敵! 色はやっぱり赤かしら――って、何を考えているの、私ったら!?)

 急に浮かんだアイデアに身震いする。少し休んだほうがいいのかもしれない。きっと、熱があるのだ。
 でも、そうなら、こちらを向いた阿修羅の眼が、怪しい光を宿しているのは、どうして。

(あなたになら、いいかな)