ちらと見やった時計がおやつの時間を示していたので、俺はゲームを保存してからテレビを消した。
ちょうどいい、目が疲れてきたところだった。なにか飲もう。
今日は恋愛シミュレーションゲームをしているのだろう、にやけた口元のユメに「飲み物何にする?」と訊くと、曖昧な声が返ってきた。
「緑茶と、コーヒーと、ココアがあるけど」
「じゃあ、緑茶」
ユメはそう言ってすぐ、携帯ゲーム機に視線を戻した。そしてまた、口元が弧を描く。
どうやら重要なイベントが進行中のようだ。
キッチンへ向かい、盆に急須と湯呑をセットした。急須にふたり分の茶葉を入れる。
ユメとはあるゲーム店の売場で、パッケージへ伸ばした手が重なるという、ゲームのような出会いをしてからの遊び友達だ。
初めは「あれ、これ恋愛フラグじゃね?」などと思いはしたものの、彼女の飾らない人柄も手伝って、ただ純粋に、同じ趣味を語り合える仲間として意気投合した。
だが、三次元の女性に免疫のなかった俺は、やはりというか、ユメに惹かれていった。
ときどき見せる女性ならではの心配りとか、通りすがりに香るシャンプーとか、そういったものに。
当初の温かい仲間意識に、徐々に甘酸っぱいような感覚が混じってきている。
ユメが同じ気持ちかはわからない。たぶん意識していないだろう。これまでに彼女の心を鷲掴みにするような男らしさは微塵も発揮できていない。
つい最近、その名を口にするのもおぞましい昆虫に遭遇し、代わりに退治してもらうという失態を犯したばかりだし。
いや、でもスリッパひとつでアイツに立ち向かえるユメもどうかしていると思う。もちろんこれは褒め言葉だけど。
緑茶に合いそうな菓子を見繕ってリビングへ戻ってくると、ユメは武士みたいな難しい顔をして、ゲーム機を置いた。
「いかん、興が冷めた」
「どうかしたの」
「お泊りイベントがあってね。画面が暗転したの」ユメは自嘲気味に笑って、クッキーの個包装を破いた。「そしたら、にやけきった己の顔と対面したというわけよ」
「あー……あるある」
「でも、ユメは可愛いから問題ないんじゃ」と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
これって口説き文句か?
とたんに心臓がドッドッとうるさい音をたて始める。静まれ俺のキングエンジン。
選択肢一。心のままに、「にやけた顔も可愛いと思うよ」と言う。
選択肢二。「賢者モードになっちゃうよね」と相槌を打つ。
どうする俺? 言っちゃうか?
選択の重圧に耐えきれず、とりあえず急須に湯を注いだ。
「ちょっ……キング、手すごい震えてるよ? どうしたの、大丈夫?」
「あっ……ごめん。なんでもない」
「いや、謝らなくていいけどさ。なにか怖いものでも見た?」
ユメはそう言って、俺の手にあった急須を絡め取った。「いいよ、私が注すから」
華奢な指が触れたとき、今度こそ心臓が破裂するかと思った。
ぜえぜえと喘ぐ俺を心配そうに見ながら、ユメはコトリと湯呑を置いた。
「はいどーぞ」
「あ、ありがとう」
緑茶を口に含むと少しだけ気分が落ち着いた。
だめだ……とてもじゃないが言えなかった。
ユメとの仲が進展したかもしれないのに。内心落ち込む俺をよそに、ユメは何枚目かのクッキーに手をつけている。
「これ美味しいね。ザクザクする食感がなんとも。キングが買ったの?」
「そうだけど」
「ふーん」ユメは頷いた。「私たち、菓子の好みも合うんだね」
さらりと放たれた一言に茶を吹きそうになったが、そこは己の威信にかけて飲み込んだ。
ユメが微笑んでいるということは、これは……恋愛フラグ?
旗を立てる