魔の道に堕ちた少女がいる。そういう噂だった。亡き母を思うがあまりに人の道を踏み外し、妖しい術に手を染めた。その結果生まれたのは母とは似ても似つかぬ魔物だったが、少女はそれと墓所で戯れているのだと。
 物陰に身を隠したライトニングは、あらためてその噂と眼前の光景とを比較した。

 墓標の前に少女が座っている。そばに籠を置いて、リンゴだろうか、赤い果物を弄んでいる。その周りをガップルとグレムリンが一匹ずつ、飛んだり跳ねたりしている。
 襲われているようには見えない。また、身の毛もよだつ儀式の途中でもなさそうだった。天気がいいからピクニックに来て、ちょっとお腹が空いたから果物を食べようとしている風情だった。しかし油断はできない。

「魔物と戯れているというのはおまえだな」
 ライトニングが姿を現すと、グレムリンは少女の背に隠れ、ガップルは威嚇するようにギィと鳴いた。
「見つかっちゃった……!」少女は怯えるように身をすくめた。「あの、この子たちはなにも悪くないんです」
「ここでなにをしている?」
「その……遊んでいました」
 言いにくそうに口を開けては閉じ、両手を握り合わせた。言葉を選んでいるようだった。
 そのとき、唸り続けていたガップルが大口を開けライトニングに噛みつこうとした。
「こら! もうリンゴあげないよ!」
 すかさず少女が一喝すると、ガップルはピタリと動きを止めた。人の言葉が解るらしい。

 ライトニングは武器から手を離した。
「……リンゴ?」
「はい、お母さんへのお供え物だったんですけど、ここへ来るたびに消えていて……。この子たちが食べてたみたいなんです」
 少女は叱られてシュンとしているガップルをなでた。
「初めはびっくりしたけど、なんだか……かわいくて。だからお墓参りには必ずリンゴを持ってきて、皆で食べるんです。ねーグレムリン」
 呼ばれたグレムリンは灰色の翼を少女にぴったりとつけたまま動かない。時折、不安そうにライトニングを見つめては顔をそらす。
「驚いたな……」
 魔物がリンゴひとつでここまで大人しくなるとは。奴らは遭遇すればわき目も振らずに飛びかかってくるから、それを切り返すのが恒例となっていたのだ。

「だが、相手は魔物だ。なにかの間違いで攻撃されるとも限らないぞ」
 ライトニングが言うと、少女は笑った。
「噛みつかれるのはしょっちゅうですよ」果物ナイフを取り出して、「お姉さんもリンゴ食べますか?」
「ライトニングだ。……もらおうか」
「私はエアっていいます」
 エアはうつむいて皮をむき始めた。
「いつか、日がくれそうになったとき……空を飛ぶ魔物が出たんです。悪魔みたいな」
 ゴーントのことだろうとライトニングは思った。
「逃げる途中でつまづいちゃって、もうだめだと思ったら、ガップルとグレムリンが助けてくれたんです。私、必死だったからよく見てなかったけど……ふたりが立ちふさがって鳴いてたから、きっと話をつけてくれたんだなって」
 エアはリンゴを切り分けると、ライトニングに差し出した。
「悪いな」
「だから、この子たちは大丈夫ですよ」
 そう言って、よだれを垂らしているガップルにリンゴをやった。グレムリンも翼で器用につかみ取ると、後ろを向いてもぐもぐやった。どこに口があるのかは謎だ。

「そうか。安心した」ライトニングは表情を緩めた。
「だが、街で噂になっていたな。母親を甦らせようとした少女が失敗して、魔物を生み出したとかで」
「えっ! それって私のことですか?」
「ああ」
「ずいぶん凶悪な内容ですね……」
「噂とはそういうものだ。人が話すたびに尾ひれがつく。終末が近いから不安になって、よけいに話が大きくなるんだろう」
「なるほど……あいたっ!」
「エア!」

 突然、ガップルがエアの頭に噛みついた。といっても甘噛みなのだがライトニングは気が気でない。手を出していいものか迷っていると、エアが笑顔で制した。
「大丈夫、この子はちゃんと加減をわかってます」
 と言ったそばから、こめかみを赤い血が伝っている。どう見ても大丈夫ではない。
 するとグレムリンが詠唱の千鳥足を始め、火の玉をガップルに放った。
 ジュッと毛の焼ける音と悲鳴があがる。すこし焦げ臭い。ガップルはエアを放すと、不機嫌にわめきながらグレムリンに突進した。
「仲間割れか」
「いつもこうなんです」エアは笑って、ポーションを飲み干した。
「この子たちといると、命がいくつあっても足りません」
 手のかかる弟を見るかのような眼差しだった。

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