グラスは肩の凝り、目のかすみ、その他諸々の症状に悩まされながら自身のオフィスに向かっていた。
 先程の面談が思い返される。
 あのシナモンロール……否、ツイストをくっつけたクレフは、確かに基地の人間を「皆殺しにする」と言った。しかしテープレコーダーが再生したものは違っていた。
 あれは過労による幻聴か、それとも痕跡のない脅迫なのか。どちらにしても問題だった。
 グラスは嘆きのため息をついた。
 この財団にまともな人間はいないのか。一緒に楽しくボウリングができるような、善良な人々は。
 歩きながら幾人もの顔を思い浮かべたが、グラスが知る限り、当てはまる人物は数えるほどしかいないように思えた。
 なんてことだ。
(まあ、だからこそ心理士が必要なんだろうけど……)
 そう気を取り直したところで、向かいから来る女性に目を引かれた。麗しい姿に一瞬、息をのむ。
 背丈や顔つきはある人物と一致する。しかし服装と雰囲気が推測を否定していた。
「こんにちは。グラス博士」彼女は言った。
「ああ、君か……」
 声を聞いて確信した。警備員のシルビアだ。私服は初めて見る。
「だいぶお疲れのようですね」
「うん。定期心理鑑定をしてきたんだ。……クレフ博士の」
 シルビアは明らかに眉をひそめた。
「それは……大変でしたね」
「色々あったよ」グラスは遠い目をした。「こんなこと言うべきじゃないけど、彼との面談は気力を根こそぎ持っていかれる」 
「そうですか……」シルビアの声は多分な同情を含んでいた。
「疲れたときには甘いものですよ、博士。ガムはいかがですか?」
「ガム……?」
 今のグラスを最も脅えさせる単語だった。
「それってもしかして、さわやかな味かい? ミントとか、ライムとか」
「え?」シルビアはポーチを漁っている。「いえ、ミックスベリーです。甘い味ですよ」
 はいどうぞ。そう言って渡されたガムをじっと見る。不審な点はない。
 グラスは自分に言い聞かせた。
 彼女に限って、ガムに催眠剤を入れるなんてことはありえない。それに、クレフが彼女を使ってガムを渡そうとしているなんてこともない……はずだ。
 シルビアは動きを止めたグラスを心配そうに眺めた。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」

Party Night・b