工房を訪れたリンズラーはプログラムがいないのを見て呼び鈴を鳴らした。ややあって奥の方から女性のプログラムが顔を出した。
「リンズラー様?」信じられないといった声色でおもむろに近づいてくる。「バトンを取りに来られたのですか?」
 リンズラーは頷いてみせた。
「てっきりジャービス様がいらっしゃるかと……。お会いできて光栄です! 握手、していただけますか?」
 なぜだか嬉しそうなプログラムが手を差し出してきたので、それを握った。
「ありがとうございます! 直ぐお持ちいたします!」
 興奮した様子で言い残すと、プログラムは奥に引っ込んだ。かと思うと、黒い箱を持ってすぐに出てきた。
「バトンを使われていて不具合を感じたことはありますか?」
 リンズラーは首を横に振った。
「よかったあ」プログラムはにっこりした。「今回は反応速度を上げておきました。僅かですがレスポンスが良いと思います。弘法筆を選ばずとはいいますが、ツールは良いものに越したことはありませんよね」
 どうぞ、と渡された箱をリンズラーは検めた。中にはバトンが注文した分だけ入っていた。問題ない。最後にプログラムを一瞥して、リンズラーは動きを止めた。

 このプログラムは、誰かに――似ている。
 浮かんだ思考にリンズラーは驚いた。
(誰に?)
 しばし逡巡する。が、分からない。似ていると思うからには、その根拠があるはずなのだが。考えれば考えるほど、思考がノイズで溢れてしまう。
(俺は壊れてしまったのか?)
 業務に支障がでる前に、クルーに報告し指示を仰ぐべきだろう。場合によっては修正が必要かもしれない。
 しかし、この心地よさは何だろう。
 にこにこと微笑むプログラムを見ていると、つられて自分の口角も上がるような気になる。
「どうかされましたか?」
 問われて、リンズラーは我に返った。ゆっくりと頭を振る。
 ずっとこの場にいたい気持ちを抑えて、踵を返した。また取りに来よう。そう決意しながら。

hidden memory