「なんだこれは」
 コンソールをいじっていたラチェットが唸った。その声に深刻な響きを感じたので、テレビを切りモニターの前へと歩いた。怪訝な顔のアーシーがちらりと私を見やる。
「ピエタ宛みたいよ」
 モニターを見ると、ディセプティコンのいち兵士であるビーコンの姿と、彼から送られてきたメッセージが映し出されていた。

「前略。突然ご連絡差し上げることをお許しください。一度お会いしてから、あなたのことが頭から離れないのです。ご迷惑かと存じますが、二人きりでお会いできませんか。時間と場所はピエタ様が決めてくださって構いません。必ず、私一人で参ります。ご連絡お待ちしております」
 草々と結ばれた後には、おそらく彼の個人回線であろう番号と、私の宛名がある。

 まるで恋文のようだと思った。一対一の決闘を申し込む文面には見えない。
「心当たりはあるの?」
「いいや。戦ったことはあっても話した覚えはないよ。そもそも見分けつかないし」
「罠だ。罠に決まってる。ピエタ一人を呼び出すってのが怪しい。おそらく、隠しておいた兵で袋叩きにするつもりだろう」
「じゃあ、開けた場所を指定しようか? そうすれば敵さんが大勢見えたら逃げられるよ」
「それはいい考えだが……心配だな。何かありそうな気がしてならない」
 ラチェットはなおも半眼である。
 アーシーが腕組みを解き、いたずらっぽく笑った。
「もしかすると何もないんじゃない? 普通に考えて、これはラブレターよ」
「そういうのをハニートラップというんだ。相手に好意を抱かせて情報を引き出す。奴らもついにこの手に出たか……」
「私、会いに行くよ」
「ピエタ! 本気か?」
「大丈夫、確かめたくなっただけ。罠だったら潰すし、本気だったらお断りする」
 私の確固たる意志が伝わったのか、ラチェットはやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。

 *

 強めの風が吹いて、舞い上がった砂が勢いよくぶつかってきた。遮るものがないこの場所は風が暴れやすいようだ。
 真っ直ぐ延びた道路の先に、黒く厳つい車を見つける。それはあっと言う間に接近してトランスフォームしたかと思うと、慌てた様子で駆け寄ってきた。私は武器こそ構えないものの、気を引き締めて彼を迎えた。
「すみません。お待たせしました」
「ううん。私も今来たところ」
「そうですか。お久しぶりです、ピエタ様」
 ビーコンがぺこりと頭を下げる。その姿を見てもなお、私のメモリは沈黙したままだった。
「ごめんなさい。実は貴方を覚えていないの」
「いえ、お気になさらず。スペースブリッジと言えば思い出されますか」
 その言葉に思い当たる節があった。一週間ほど前だろうか。スペースブリッジを確保する際に、たしかにビーコンを数人倒した覚えがある。攻撃した機体は皆くずおれたから、死んだとばかり思っていた。
「あの時の……?」
 敵討ちの線が濃厚かと警戒する私をよそに、ビーコンは気軽な様子で
「少し、歩きませんか」
 と言った。
 荒野の中でにらめっこというのも変な話だ。

 歩きながら他愛ない話をしたが、彼は一度も攻撃する素振りを見せず、情報を引き出そうとすることもなかった。むしろ、むこうの内部事情――ビーコンの就く業務だとか、どの上司が優しいだとか――をあっさりと告げた。あまりに彼が気を許しているようだから、私を油断させる罠ではないかと疑いたくなった。
 高台に着くと、どちらともなく赤茶けた岩に腰を下ろした。
「貴方はなんで私を呼び出したの? もし戦う気なら、準備できてるけど」
 じれったくなったのでそう訊ねると、彼は驚いたように身を引いた。
「私はただ、ピエタ様と話したかっただけです」
「……なぜ」
 赤い光を見据えて問えば、彼は難しい質問ですね、と眼下の景色へ目を移した。待ち合わせた場所が、今は遠くに見える。
「あの日、私はジャイロコンパスを負傷しました。あなたの砲撃で。パーツを交換して、こうして動けるようになったのですが……不思議と、あなたの目を忘れることができなかったのです」
「私の、目?」
「はい。敵意と慈しみの混じった青色が、いつまでも私の心に残っていて」
 慈しみ。それは気のせいではないのか。喉元まで出かかった言葉を押しとどめる。
 自覚がないだけかもしれない。プログラムされた忠誠を疑いもせず、愚直なまでに任務を果たそうとする彼らを哀れに思ったことは、ある。

 ビーコンは語り続けた。
「気付くとあなたの姿を探していました。初めは仲間の命を奪われたための怨恨かと思いました。事実、悔しい気持ちはあります。しかし、それ以上に……あなたを知りたくなった」
 再びお互いの視線が絡み合う。
「会って確信しました。これは、恋なのだと」
 ビーコンはそう言って沈黙した。
 ええと……なんと答えればいい? まさか本当に告白されるとは思わなかった。
「そう、なんだ」
 口をついて出たのはなんとも凡庸な相槌で、私は頭を抱えたくなった。
「ピエタ様。手を貸していただけませんか」
「え……手?」
 彼の掌の上に、自分の片手を乗せる。彼の鉤爪のような指が私の手をゆっくりと包み、そっと撫でて、離れていった。
「ありがとうございます。これでまた明日から頑張れる気がします」
 明るい声音で紡がれたのは、別れの時を思わせる言葉。
 もう少しその声を聞いていたい。彼を知りたいと、思ってしまった。
 ハニートラップかもしれない。私の理性的な部分がラチェットの言葉を反芻し、警鐘を鳴らす。面倒なことはこれきりにした方がいい。そう思うのに、手をふれるだけで彼がこんなにも喜ぶなら、また会ってもいいのではないかと囁く自分がいた。

終わりを儚む