帰宅すると玄関に人が倒れていた。ひとり暮らしだからそんなはずはないのだが、現に大の男が目の前にいる。
強盗という線はなさそうだ。荒らされた形跡がないし、なにより――彼は氷月に似ていた。体を包む黒いマントに、そこから覗く見事な腹筋。目は閉じていて安らかな寝息をたてている。
この状況は何だろう。
ユメはとりあえず神様からのプレゼントだということにして、氷月を起こしにかかった。
「もしもーし」
腕を掴んで揺らせば、しなやかな筋肉が確かに感じられた。
氷月は薄目を開けると体を起こし、あたりを見回した。
「ここはどこです? あなたは誰ですか?」
「ここは2021年の現代。私はユメといいます」
そう言うやいなや氷月はリビングに移動し、テレビの電源をつけた。昼下がりのワイドショーが大したことない話題を騒ぎ立てている。
「本当に戻ってきたようですね……現代に」
ぽつりとこぼした氷月はユメに向き直った。
「ユメクンと言いましたか……。ひとつ、お願いがあります。私を○○市に連れて行ってくれませんか」
おそらく氷月の故郷なのだろう。タクシーでも呼んであげようとユメは頷いた。
「○○市ってどこ?」
携帯でマップアプリを開いて渡せば、氷月はしげしげと眺めたあとそれを操作した。ストーンワールドにはスマホがなかったから、感慨深いものがあるのだろう。
けれど、
「……おかしい」
怪訝そうな顔をした氷月はユメに携帯を返した。
「○○市がありません。影も形もない」
「それって、氷月さんの帰る場所がないってこと?」
「……どうして私の名前を」
それはこういう訳だよと今度はDr.STONEの電子書籍を開いて渡す。
しばらく読んだあと氷月はため息をついた。
「なるほど、私は漫画の登場人物という訳ですか」
「そう。まさかあなたが目の前に現れるとは思わなかったよ」
「そして私はどういう訳かこの異世界に飛ばされてきたと」
さすがは元司帝国のナンバーツー、ありえない状況下でも落ち着いている。
「冷静だね」
「いえ、内心穏やかではありません。一体全体どうしてこうなったのか」
「もし帰る所がないならさ、私のうちにいなよ。いろいろと余裕あるし、衣食住提供できるよ」
「ですが……」
渋る氷月に、ユメは「いいよいいよ」と繰り返した。「好きだからそばにいてほしい」だなんて、本当の理由は心に秘めたまま。
では、しばらくお世話になります、と氷月は頭を下げた。律儀な人だ。
「じゃあまずは衣類を何とかしようか。その色気ダダ漏れな格好じゃあ外を歩けないもんね」
「脳が溶けているんですかあなたは? これはそんなもののためではなく動きやすさを重視した結果です」
「とりあえず何か買ってくるね。テレビでも見て待ってて」
ユメは衣料品店に向けて車を出した。
異邦人