かちゃかちゃ、と鍵を弄る音が聞こえたので、私は書き物を中断し玄関に向かった。 夫であるショケイスキーが靴を脱いでいる。いつもは定時に帰ってくるのだが、今日は珍しく残業だった。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま」
 いつもどおりの穏やかな声に、ほっとする。
「ごはんできてますよ。今日のお風呂は私が先に頂いたけど、どうします?」
 彼は何かに気付いたらしく、鼻をひくつかせた。
「コニーから甘くていい香りがする」
「鼻がいいですねえ。苺の石鹸をおろしたんですよ。泡立ちもいいし気に入りました」
 へえ、そうなんだと言って、私の肩に顔をうずめる。どうやら彼も、この香りが気に入ったようだ。

 ところで、食事と入浴どちらが先なのだろう。
「あの、」
「久々に、コニーを最初に頂こうかな」
「えっ」
 耳元で囁かれた思わぬ言葉に、目を見開いた。つまり……そういうことでしょう。
(やだ、どうしよう。耳があつい)

「ペリメニ冷めちゃいますよ」
「だいじょうぶ、コニーのごはんは冷めても美味しいから」
「お風呂だって、冷めて――」
「今入らないとだめ?」
 ショケイスキーが小首をかしげる。その表情が妙にいきいきしていたので、これは勝てないなと悟った。
「いえ、いいです」
「じゃあ決まり。美味しそうなコニー、こっちへおいで」
 洗いたてを汚しちゃうなんてごめんね、と微笑まれ、私は体中が熱を帯びるのを感じた。

(空腹なんて忘れちゃう)