ユメが呟いた不穏な言葉に、ジャズは耳を疑った。聴覚器官が故障したのだろうかと思うほど、彼女らしからぬ――そしてオートボットらしくもない――言葉だった。しかし、単に聞き間違えただけかもしれない。
 そうだといい、と思いながら口を開く。

「今なんつった?」
「あなたを傷つけたくなった、と言ったの」

 俺の耳は正しかったようだが……。真意をつかみ損ねたジャズは戸惑った。
 声音には怒気も悲哀も込められていなかったし、表情からもユメの心境を読み取ることはできなかった。

(ヒューマンモードなら、何かわかったかもしれないな)

 どうも我らメカノイドは表情が硬くていけない――と、そこまで思考したところでひとつの疑惑が沸き起こった。 これは、ディセプティコンが持つ“純粋な敵意”の芽生えではないか? (いや、まさか。ユメに限って)そう否定してみたが、不安は拭いきれない。ひとまず平静さを装いながら、探りを入れてみることにした。

「それは俺への宣戦布告か?」
 すると、以外にも明朗な声が返ってきた。
「いや、本気にしないで。ただ……なんだかいじめたくなっちゃって。私の手であなたを呻かせたい。もしくは喘がせたい、ってね」
「それをサディストと呼ぶんだぞ」

 ほっとしたのもつかの間、新たな恐怖にジャズは戦慄した。ラチェットはふたりもいらない。(もしもユメまで目覚めてしまったら、俺は……新境地を開拓しなければならないだろう)

 ユメが些か不満そうに反論する。
「サディストって域には達してないわよ。ほら、『好きな子ほどいじめたい』って言うじゃない? あんな感じ」
「なるほどな」
 つれないユメがこんなことを言うなんて、驚きだ。「それほどまでに、俺は愛されてるってわけだ」

「あ! いやいや、そういう意味じゃなくて、ね?」
「へえ、俺にはそういう意味としか思えなかったが?」
「……もうっ!」

 鈍い音と小さな衝撃を残して、ユメは足早に去って行った。殴られたにもかかわらず、ジャズの胸は希望に満ち溢れていた。

(誰にも譲らない)