崩れかけた遺跡の中を、兵士たちが忙しく動き回っていた。ある者は金属製の輪を、またある者は銅のワイヤーを手に装置を組み立てている。
「よし。それを取り付けたら試運転に入って」
エルナは部下に指示を出すと、石の壁にもたれ掛かった。
なかば無意識のうちに下腹部へ手を添える。朝からしくしくと痛むそこは、自らの性別を痛感させた。
できることなら、今すぐ腹を抱えてうずくまってしまいたい。冷えた外気から逃げて、暖かなベッドで丸くなりたい。そうは思っても、置かれた立場と責任感が欠勤を許さないのだった。
現場に戻ってきた上官の姿を認め、エルナは姿勢を正した。
「作業は滞りなく進んでおります」
報告を受けたクロエネンは小さく頷いてなお、エルナから目を離さない。――詳しい進捗状況を聞きたいのだろうか。
エルナが口を開きかけたそのとき、彼は懐からメモとペンを取り出し、何かを書いて寄越した。
『顔色が悪いようだが』
「いえ……平気です」
内心彼の気遣いに驚きつつ、不調を悟られまいと微笑んでみせた。「今日は少し冷えるので、そのせいかもしれません」
正直に言うのが良いことだとは限らない。これまでも女であるがために、いくらか余分に苦労を重ねてきたのだ。
クロエネンは何かを考えている様子だったが、だしぬけにエルナの手から設計図を取り上げると、そばにいた研究員へ押しつけた。そして、呆気にとられるエルナの背を押し、車へと誘導した。
「将校殿、なにを……」
返事はなかった。
*
5分ほど車に揺られるうちに、エルナは彼が自分を早退させたのだという結論に至った。律儀に自室の前まで送り届けてくれた上官に頭を下げる。
「ありがとうございました。今日はよく休んで、明日に備えます」
クロエネンは頷き、部屋に入るよう促した。
エルナが安堵と若干の後ろめたさを感じながら鍵を開け、足を踏み入れると、彼も――さも当たり前のように――後へ続いた。
驚きの声をあげるエルナをよそに、制帽をキャビネットへ置き、黒いマスクを傾げる。何か問題でも、と言わんばかりだ。
「え……っと、お茶をご用意いたしますね」
将校殿はきっと休憩と閑談をご所望なのだ。そう判断しティーカップに歩み寄ったところを制止され、椅子を勧められる。
疑問符を浮かべながらエルナが座るのを見届け、クロエネンはきびきびと部屋を出ていった。
やがて戻ってきた彼は、銀の盆をそっとテーブルに載せた。ソーセージとじゃがいものホイル包みがひとり前。湯気が鼻をくすぐり、エルナは唾を飲んだ。
「これ、私の分ですか?」
クロエネンは鷹揚に頷いて、向かいの椅子に腰を下ろした。
どういう風の吹き回しだろう。慣れない優しさに困惑しきりだが、食欲にはあらがえなかった。
「いただきます」
口の中でほくほくと崩れるじゃがいもにほっと一息つく。皿から視線を上げると、こちらを見つめる上官と目があった。
「美味しいです」
そう言って目を細めれば、彼は満足げに頷いた。
表情の見えない上官が、いつもより柔らかな雰囲気をまとっている。それがなんだか心地よくて、エルナはわざと時間をかけて食べた。
「ごちそうさまでした」
すかさず立ち上がったクロエネンが皿を下げようとする。
「あ、私がやります」エルナは焦った。「これ以上将校殿の手を煩わせるわけにはまいりません」
クロエネンはいやいやと首を振り、諭すように彼女の肩をたたいた。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
押し問答を続けるのはかえって失礼だろう。
クロエネンはドアの前で足をとめ、エルナに折り畳んだメモを渡した。
『温かくして寝るように』
エルナはその短い文面を繰り返し読んだ。乾いた土に水が染み渡るように、戦ですり減った心が生き返る気がした。
「あのっ、ありがとうございました!」
閉まりかけるドアに声をかける。ほんの少し、声が上ずったことに気づいたのは自分だけだといい。
君がため