清々しい朝だった。澄んだ空気を心地よく思いながら、ファウルフェローはギデオンとともに煉瓦のアーチをくぐった。
ファウルフェローが好んでこの道を通る理由の一つは獲物となる子どもを品定めするためだが、もう一つはユメに会うためであった。
彼女は決まって自慢の花壇に水やりをして、通りかかる子どもたちに声をかけている。
今日もやはり、彼女は庭先にいた。あどけなさの残る横顔が次第に近くなる。
「ご機嫌いかがかな? お嬢さん」
ファウルフェローが帽子を浮かせると、ユメは顔を上げてにっこりした。
「あら、ファウルフェローにギデオン。おはよう」
「素晴らしい朝だな。暑くもなく寒くもない。花たちも喜んでいるようだ。こんなに美しい女性に世話をしてもらえて」
「ふふ、お上手ね」
向日葵のような笑顔が胸にしみるが、ファウルフェローはこの毎朝の挨拶に、僅かな不満を抱かずにはいられなかった。
なぜなら彼女が自分を名字で呼び、名前を口にしてくれた試しがないからだった。
「今朝はクチナシが初めて咲いたの。綺麗でしょう」
「ああ。見事なものだ」
ファウルフェローは白い花の放つ甘い香りに目を細めた。ギデオンは花に顔を寄せすぎたのか、盛大なくしゃみをした。
「大丈夫?」
ユメがハンカチを取り出して、洟と朝食の食べかすを優しく拭った。元より眠たそうな彼の目が、さらにとろんとしてくる。
「うん、綺麗になった! 一段と可愛くなったわ」
ユメはギデオンの頭を愛おしそうに撫でた。
それを面白く思わなかったファウルフェローは、さりげなく二人の間に割り込んだ。わざとらしく咳払いをする。
「あーその、ずっと言おうと思っていたことなんだが……。良ければ私を名前で呼んでくれないか?」
「え?」
突然の申し出に、ユメはきょとんとした。
「きみが私の名を呼んでくれるのは嬉しいんだが……些か寂しさを感じるのだよ。ファミリーネームでは、距離を置かれているようで」
「ごめんなさい。そんなつもりは……」
「それに、一緒になったときに困るだろう? きみも同じ名に――いやいや、なんでもない」
ファウルフェローは慌てて手を振った。
「それじゃあ、これからはジョンと呼ぶわね」
「ああ、是非ともそうしてくれ。実にいい響きだ」
ファウルフェローは耳に残るユメの声を反芻し、満足げに頷いた。今日は吉日だ。
もう一つの懸案事項を尋ねる絶好の機会かもしれない。
「ところで、きみには心に決めた相手はいるのかな?」
「やだ、あなたまで父様と同じことを言うのね」
ユメはくすくすと笑った。
「いないわ。今のところはね」
「それはよかった! では私にもチャンスがあるということだな」
「えっと……そうね。そういうことになるかしら」
ファウルフェローは俯いたユメの手を取り、キスを落とした。目を瞬かせる彼女を面白そうに眺める。
「楽しみに待っていてくれ。今に財を成して、きみを迎えにくるからな!」
頬を染めるユメにくるりと背を向け、ファウルフェローとギデオンは尾を揺らして歩き出した。
頭の中では、輝かしい未来のための黒い算段が膨らみ始めていた。
クチナシ