鬱々とした気分でパソコンを閉じた。手を付けていない課題のことが、片時も頭を離れない。
 人がストレスに直面したとき、精神の安定を保とうとする心の働きを防衛機制というのだそうだ。たとえば試験勉強中に部屋の散らかりが気になり、掃除を始めてしまうのは防衛機制のひとつ、逃避であるといえる。

 そして今の私にもそれが働いていた。デスクの傍らにはポケモン生態学のテキストが積まれている。その山は14日もの間、形を変えずに鎮座していた。私はヤドンもびっくりなスルースキルを発揮して、現実逃避を続けていたのだった。

 もういいや。寝てしまえ。
 重い足取りでベッドに向かうと、部屋に入ってきたガラガラと目が合った。
「目が死んでるぞ」
 自覚はあったので力なく笑った。理由を言えば、この泥沼から抜け出せるだろうか。
「まじやばい」
「何が」
「レポート」
 その一言で彼は私の置かれた状況を理解したようで、ふうっとひとつ息を吐いた。
「どうせ白紙なんだろ。期限は?」
「三日後。日付変わったからあと二日かな」

 これほどギリギリになっても遊んでいられる精神力はある意味すごいのではと思うが、口に出せば呆れられるだけなので言わないでおく。私の特性は「スロースタート」もしくは「なまけ」なのだ、きっと。いや「ムラっけ」か。

「先延ばしにしたって、いつかはやらなきゃならない。わかりきってることだろ、ばか」
 ガラガラは手に持った骨で私の頭を打った。痛い。
「なんとかなるよ。今までだってそうしてきたんだから」
 さあ寝ようと布団を叩いたが、ガラガラはいつものように乗ってこなかった。

 一緒に寝るのは彼がカラカラの頃からの習慣だ。進化して気が強くなっても、いまだに布団に潜り込んでくる。普段は強気なくせに甘えたさんだ。
 いや、甘えているのは私のほうかもしれない。昔の彼はよく母を思ってからからと泣いて、私はあやすように茶色い背中を撫でたものだった。そのせいか、時折抱きしめてガラガラの温もりを感じないと、落ち着かない。

「ほら」
 何を思ったかペンと紙を押しつけてくる。
「寝ようとしてたんだけど」
「一行でもいいから書けよ。そうすりゃ気分も違うだろ」

 ああ――。このきっかけを、待ってた。
 ガラガラの優しさに目の奥を熱くしながら、机に向かう。彼は部屋の隅にあった椅子をずりずりと押してきて、私の横へ付けた。そこに、ひょいっと小柄な体を乗せる。
「俺がついててやる」
 被った骨で見えないけれど、自慢げに告げたその口元は笑っているんだろうなあ、と思った。

踏み出す勇気

(出口へ案内しましょうか)