「あなたもこのお店に入るのですか?」
 喫茶店のショーウインドーを見つめていたユメは、ハッとして横を向いた。
 薄紫色の肌に一房の白い髪を流した青年が立っている。涼しげな目元が綺麗だな、とユメは思った。
「そうです。ここ、モンブランが美味しいと聞いて」
「私も初めてなのです。もしあなたさえよければ、ご一緒しても?」
「ええ、いいですよ」
 知らない人なのに、と頭の片隅で思ったが、自然と口から承諾の言葉が滑り出ていた。彼の静穏で優しげな雰囲気に思わず頷いてしまった。
 先に運ばれてきた紅茶のカップを傾けながら、お互いに自己紹介をした。
 彼はカイという名前で、管理系の仕事をしているのだと言った。質問をして掘り下げようかと考えたところに、
「ユメさんは普段、何をされているのですか?」
 と訊かれ、ユメは自分のことを話した。仕事や趣味の話、好みのタイプに至るまで、カイの質問に導かれるようにして話は進んだ。彼はずっと、穏やかに微笑をたたえて耳を傾けてくれた。
 カイと食べるモンブランはとても美味しくて、クリームと生地が減っていくにつれ、この時間が終わってしまうのが名残惜しくなった。
 会計を済ませて店を出たところで、ユメは勇気を振り絞った。
「あの……。もしよかったら、連絡先の交換でも」
「あなたがまた、こちらに来るときに会えると思います」
 そう言い残して去っていく背中をぼうっと見送った。

(不思議な人だったな)
 あれから一週間が経ち、ユメは再び喫茶店の前にいた。また会えると言っていたけど……と、ひとりでドアをくぐろうか迷っていると、
「こんにちは。ユメさん」
 振り向けば、はたしてカイが立っていた。いつの間に現れたのだろう。
「カイさん! 奇遇ですね」
 会えた喜びに心を躍らせながら店に入り、メニューを開いた。ケーキの文字に目を走らせかけて、ユメは自分を戒めた。
「私、今日は紅茶だけにしておきます」
「食べないのですか?」
「少し……太っちゃって」
 カイはユメの体を軽く眺め、そうは見えませんがと言った。
「ポテチが悪かったんです。新発売の梅味が止まらない美味しさで、毎晩ちょこちょこと食べてしまって……」
「そこまで夢中になれる商品に出会えるのは、稀有なことですね」
「はい。嬉しいような悲しいような、です。だから今、ダイエット中なんですよ」
「体を動かすいい機会ですね。より健康になる好機と捉えましょう」
 優しく前向きな言葉が、すとんとユメの胸に落ちた。
 カイさんのような人が恋人ならいいな。
 そう感じた自分に気がつき、急に彼と目を合わせるのが恥ずかしくなってしまった。
「それでは、私のケーキを一口だけ分けてあげましょう」
「嬉しい。ありがとうございます」
「あなたは特別ですから」
 さらりと言われたその意味がわからず目を瞬けば、カイは静かに微笑んだ。

水面下の好意