部屋を抜け出したユメのあとをつけ、行き着いた先は湖であった。彼女は水温を確かめると浅瀬へ入り、より深いところへと水をかき分けて進んでいく。エンペルトはぎょっとして声をかけた。
「どこへ行くかと思えば、溺れにきたのか?」
「……エンペルト」
ユメは驚いた様子で、ほとりに立つエンペルトを見つめた。
「ごめんね、一人にしてほしいの」
「そうはいかない。泳げないだろう、ユメは。水遊びなら俺の目の届くところでやってくれないか」
「遊びじゃないよ!」
思い詰めたように言ってから、ユメは目を泳がせた。「その……泳ぎの練習をしようと思って」
「なぜだ? 俺につかまっていればいい。どこへでも連れていってやる」
「だって、なみのりを頼むといつも渋るでしょう。エンペルトなにも言わないけど、頼ってばかりだから嫌なのかなって思ってた」
どうやら誤解が生じているらしい、とエンペルトは思った。渋ったのは事実だが、ユメを疎んじている訳ではない。断じて。
正直に言うならば、なみのりという手段が悪かった。エンペルトは小さなポッチャマの頃から「可愛い」と撫でる手をはねのけて、ユメと一定の距離を保ってきた。
しかし、あれを覚えてから、ユメは浮き輪よろしくエンペルトにしがみつき、柔らかな体が波間にぶつかるのだ。なみのりの前に息を整えるのは当然の流れだった。
「別に、頼まれるのが嫌な訳じゃない」
エンペルトはやっと、それだけ言った。
「じゃあどうして? なんかへんだよ」
(言えるものか。胸をたぎらせているなどと)
ユメは口を引き結んで言葉を待っている。この問題をうやむやにする気はないようだ。
「つまり……」目をそらした。「つまりだな、」
エンペルトは言いながら、ユメをその腕に閉じこめた。
「こういうことだ」
今なら、うるさいまでの心音が伝わっているはずだ。
素直になれない