午睡を終えたリキールは城の中を歩き回り、キッチンで目当ての背中を見つけた。楽しげな鼻歌が聞こえてくる。どうやら食器を拭いているようだ。
「ユメ――」
 ともに茶でも飲まないか。
 そう続ける前に、彼女の小さな悲鳴と陶器の割れる音が響いた。
 急いでそばに寄れば、ふきんを取り落としたまま固まっている。
「怪我はないか?」
「リキール様……びっくりしちゃって……」
「すまなかったな。急に声をかけて」
「ごめんなさい! 大切なお皿を割ってしまいました」
 平身低頭して謝るユメの肩を叩いてやる。
 たしかに、哀れにも破壊された皿は、美しい幾何学模様に金をあしらったお気に入りの物だった。けれども、リキールの心には別段、怒りも悲しみも湧いてはいなかった。
「気にするな。皿などほかにいくらでもある」
 破片を浮かせて紙に包む。サラサラとペンで注意書きをしながら、
「それよりユメ、このあと茶を飲まないか?」
 そう誘ったのだが返事がない。見ると、うつむいたユメは目に涙をためて、唇を強く引き結んでいるのだった。
「私、もう嫌です…………こんな自分」
 もしかすると、先日も転けてガラスのオブジェを壊したのを気にしているのだろうか、とリキールは思った。おまえには破壊の才能があるな、などと面白がったものだが、まさかそれほど自分を責めていたとは。
「人間、生きていればミスをするものだ。おまえはもう少し、自分を許すことを学ぶべきだな」
「はい……」
 ユメは涙をぬぐったものの、まだ表情が晴れない。
 リキールは「休憩にするぞ」と告げるや、細い体を抱えてキッチンを出た。そのまま移動して大きなソファに沈みこみ、尻尾を前へ寄せて枕にしてやった。
「どうだ? 心安らぐだろう」
「ふわふわで気持ちがいいです」
 ようやくユメの顔から煩悶の色が消え、リキールは胸を撫で下ろした。
「この尻尾はな、誰にでも触らせるものではないのだぞ……」
 そっと髪に指を通すと、ユメはくすぐったそうに微笑んで、光栄ですと言った。
 しばらくそうしているうちに、彼女は静かな寝息をたて始めた。
「おまえは、おまえのままでいい」
 ユメの意識に染み込ませるように、リキールはゆっくりと言い聞かせた。

特別な慰め