抱えた段ボールの重みに反して、休憩室へ向かう足取りは軽い。中でお行儀よく並んでいるモモンの実を揺らさないように、そっと歩を進める。
 同僚の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。ボスなど、その場でかぶりつくのでは……そんなことを考えながらドアを開けると、思っていたほど人がいなかった。
 唯一部屋にいるボスは、一番奥の椅子に腰掛けて雑誌を読んでいる。差し入れですよと呼びかけようとして、慌ててその言葉を飲み込んだ。

 手にしてるのは大衆向けの週刊誌ではなく、間違いなく成人向けの雑誌である。
 いかん、ボスはお楽しみ中だ。早いところ立ち去らなくては。

 そう思ったのに、あまりにも衝撃が大きくて身体がうまく動かなかった。
 休憩がてら自分の好きな雑誌を読むのは理解できる。百歩譲って成人向けであっても、周囲に迷惑をかけなければ良いと、私は思う。しかし、こうも堂々と読まれてはセクハラになりかねない。
 ツッコミ待ちなのか? そうなのか?

 普段も抱きつかれたり、愛を叫ばれたりとセクハラまがいなことは多いが、どこか可愛げのあるものだ。これは、らしくない。何というか、生々しい。

「あれ? ユメどうしたの」
 陽気な声に身体が強張る。何も見なかった振りをしたいが、私はそれほど器用ではない。なんだか気恥ずかしくて俯いてしまう。
「実家からモモンの実が届きまして」
「わあ、いいね! 見せて見せて!」
(ボス、雑誌を持ったままこちらに来ないでください!)
 どんな顔をしていいか分からず逃げようとするも、手を掴まれてしまった。
「ねえ、一つ剥いて」
「ご自分でどうぞ。私は仕事がありますので」
「けちー」
 頬を膨らませたボスは、ぼくがケガしてもいいの?となじってみたり、ユメが剥いてくれた方がおいしいよ、と甘えてみたり。白い睫毛に縁取られた瞳が、楽しそうにくるくると動く。

「子どもみたいに駄々こねたってだめです! ボスは……大人なんですから」
 私の言葉にボスは一瞬目を丸くして――久々に見る真顔だった――ニマニマと笑みを深くした。
「変だと思った。目合わせてくれないから」
 これが気になってたんでしょ、と笑顔で頁を繰って見せる。
「私これでも女なのでそういうのはちょっと」
「これ、酔っぱらいの忘れ物。不健全ですから処分してくださいましってノボリに言われた」
「はあ……」
 ノボリさんが処分すればいいのにと思ったが、何か理由があるのだろう。もしかするとこういったものが苦手なのかもしれない、と一人納得する。それに比べてうちのボスは開けっ広げである。

「痴漢ものを電車で読むなんて勇気あるよね。でも少し解る!」
「ボスの性癖なんて知りません! とにかくそれ、早く処分してください」
「やーだ。だってユメの顔まっかで面白いから」
 実力行使で奪おうとしても、身長差をいいことに軽くあしらわれてしまう。
(もう、この人は身体ばっかり大人なんだから…!)
 でもそんな子どもっぽいところがたまらなく好きなのだと唐突に気付いてしまい、余計に顔が熱くなった。

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(取り扱い注意なひと)