「なあ、マル様に告白したって本当か?」
隣を歩く同僚が、若草を踏みながら尋ねた。
肯定すると、どうだった?と勢い込んで訊いてくる。
「踏んでもらえなかった」
「そりゃそうだよなあ」
明らかに気落ちした様子で肩を落とす。彼も同じ願望を抱いている同志なのだ。
「でも、困惑に蔑みの混じった目を向けてくれたよ。あの表情は即行保存した」
「うわ、羨ましい。じゃ脈ありか? 手上げてくれそう?」
「あと一押しだと思う。次の手は打ってある」
「それは楽しみだな。マル様が目覚めた暁には俺も踏んでもらお」
*
私は身震いした。恐ろしい出来事に直面したためでも、艦内が寒いためでもなかった。なにか、いやな予感がしたのだが――。
気のせいか。
あたりを見回しても、不審な動きをするビーコンはいない。先日「踏んでほしい」と迫った彼はもうひとりの部下と共に外回りである。
あれはトラウマだな、と苦笑して書きかけの報告書に目を戻す。
一時はメガトロン様に頼んで異動を、とも思った。しかし、あの彼が変わった性的嗜好を持っていたからといって、今までの献身的な仕事ぶりを無下にするのはためらわれた。
それに、なにが正常で異常なのかは時勢が決めることだ。虐げられて興奮する人が多数派ならば、そのような嗜好を持ち合わせていない私のほうが異常かもしれないのだ。
そんなことを考えていると、部下のひとりが、あっと声をあげた。
「どうした」
「電源が落ちました。デフラグの途中だったのですが」
体中のオイルがさっと引いていくのがわかった。
「……デフラグなんて頼んだっけ」
「いえ、私の判断です。動作が遅かったので最適化しようかと」
あっけらかんとした態度に怒りを覚えた。まるで危機感がない。再配置の途中で電源が切れたのだから、データはどうなっていることか。
「今日はメンテナンスで電圧が不安定だから、落ちるかもしれないと言ったろう? 聞いてなかったの?」
「……はい」
呆れた、と排気して対処法を考える。データがすべて消えていたら間違いなくスクラップものだ。せめて一部でも取り出したい。
「仕方ない。サウンドウェーブに見てもらおう」
「はい。お呼びします」
「……私に言い忘れてることはないかな」
「なんでしょうか」
「謝罪の言葉だよ」
「でも、何とかなりますよね?」
首を傾げるビーコンを思わず突き飛ばしていた。大きくよろめいた機体を壁際に追いつめる。
「きみは事の重大さがわかっていないのか! ただの馬鹿なのか楽観的な馬鹿なのか……。ふざけるのも大概にしてくれ」
ふつふつとこみ上げる怒りのままに足を上げて、ビーコンを蹴りつけた。
「……マル様。ありがとうございます」
場違いな発言だった。
(まさか――)頭が急速に冷えていく。
「もっと私を罰してください!」
足音が聞こえて振り返ると、サウンドウェーブがそこにいた。しばし無言のまま見つめあう。
「……“お邪魔しました”」
「いっ……今のは違うからね!」
必死の弁明も空しく、頼みの情報参謀は行ってしまった。
「さあさあ、続きを!」と身を屈めるビーコンを前に、私は術中にはまったことを悟ったのだった。
教育的指導
(こうするほうが楽な気がしてきた)