積雪はゆうに20センチを超えている。いずれやらねばならない雪かきを思って、ロージーは溜息をついた。あんまり積もると客足が遠のいてしまいそうだ。
 窓際から離れようと思ったそのとき、ひとりの人間が事務所へ歩いてくるのが目に入った。
(あれは――ユメさんだ)
 冬の重装備で判りにくいけれど、間違いない。魔法律書を入れたお馴染みのショルダーバッグが見えた。

 素早すぎる形だけのノックのあと、勢いよく事務所のドアが開く。閉まるまでの一瞬の間に冷気が容赦なく流れ込んできた。
「さっむーい!」
 震えながら入ってきたのは、やはりユメさんだ。北風にさらされた頬や耳が、痛々しいほど赤くなっている。
「大丈夫ですか? 早くこたつへ!」
「ありがとロージー君。これ、差し入れね」
 床に置かれた段ボールには、大きく「みかん」の文字。ちょっとした食糧難にあえいでいた事務所にとって、これほど嬉しい贈り物はない。
「いいんですか? こんなに……!」
 思わずみかんを使ったレシピを思い浮かべてしまう。
「いいのいいの。私も食べたかったから」
 言いながら、ユメさんはこたつで眠っていたムヒョに冷えきった手を押しつけている。
「ユメ……何しに来やがった」
「何って、ムヒョに会いに来たのよ。みかんを持ってね」
「シケた手土産だナ」
「言ってくれるわねえ。こたつにはみかんでしょうが。ほら起きた! みんなで食べるわよ」
「いらね」
「もう。じゃあ横になってなさいな。私が剥いて、食べさせてあげる」
「オレは寝る」
「いいわ、ロージー君にあーんってするから」
「ケッ……おめェの戯れ言につきあって頭が冴えちまった」
「はいはい」
 憎まれ口をたたきながらも、むくりと体を起こすムヒョ。(さすがはユメさん)ロージーは手近な籠にみかんを入れ、こたつへ急いだ。

 雪が音を吸収して生まれる静寂の中、こたつのモーター音とみかんの皮を剥く音、咀嚼する音だけが小さく響く。そんな平坦な空間を切り裂いたのはユメさんだった。

「ふえっくし!」

 加○茶ばりの特徴的なくしゃみに、ムヒョの手が止まる。風邪ですかとロージーが訊く前に、
「女らしさのカケラもねぇナ」相も変わらず毒を吐くムヒョ。
 さしものユメさんもこれにはカチンときたようで、ティッシュを取ろうとした手が天板を叩いた。
「何よ!くしゃみに女らしさを求めるわけ!? とっさのことなんだから、ハクションなんて可愛らしいことやってられないわよ」
(あ、また口論が始まる)
 でもムヒョ、ユメさんが来てから楽しそうだよね。そう言おうとしたけれど、怒られそうなのでやめておいた。
 かわりにみかんを一切れ、口に放り込む。張りのある果肉が潰れ、甘酸っぱさが口一杯に広がった。

つもりつもりて

(雪は積もれど不平は積もらず)