帰り際、エルディンガーに手招かれたのは人通りの少ない建物の影だった。
「どうしたの? こんな所で」
「ちょっと、あんたにあげたい物があってさ」
 エルディンガーはバッグから透明な小瓶を取り出して、私の手に握らせた。
「お客から大量にもらっちゃってさ。セクハラもいいとこだよねー……」
「差し入れがセクハラになるの?」
 彼はエメラルドグリーンの瞳をパチパチさせた。
「あんた、もしかして、ミネラルウォーターか何かだと思ってる?」
「……違うの?」
「これはさ、媚薬だよ。わかる?」
「びっ……」
 私は衝撃のあまり舌を噛んだ。「それは、心中お察しします」
「でしょ? しかもこういうのって使用期限があんの。俺今ただでさえ疲れてんのにさー、エネルギー使い果たして死ねってこと? ……ってね?」
「う、うーん……」
 お客さんは良かれと思ってプレゼントしたのだろうけど、エルディンガーの需要とはずれていたみたいだ。
「そういう訳でさ、もらってよ」
「あ、ありがとう」
 礼を言うのが気恥ずかしい。

「どうしよう、これ……」
 私は手の中の小瓶を見つめた。結局ヒューガルデンさんの家にまで持ち帰ってしまった。キッチンに立ち、独り首を傾げる。栄養ドリンクのように飲むのだろうか?
 エルディンガーに使い方を聞いておけばよかったな、と思いながら小皿に出して味見してみる。味がしない。無色透明、無臭の液体だ。
 はたして本当に怪しい薬なのだろうか。ただの水をプラシーボ効果で売っているのではないかという気もする。
 まあ、信じてみよう。もったいないし。厚意を無下にはできないし。
 ――本当はわかってる。効果に興味があるってこと。

 結局、きのこのスープに混ぜて食卓に出した。内心ドキドキしながらスプーンを握る。
 ヒューガルデンさんはスープを一口飲んで――その手が止まった。
「どうかした?」
「いや……」
 気のせいか、という風にもう一口飲む。私はほっと胸をなでおろした。
 けれども。食事を終えて食器を片付けた時に、ヒューガルデンさんはがぶりと私の肩口を甘噛みした。
「何を混ぜたのか教えてもらおう」
 吐息が首筋にかかる。答えを待たずに耳をやんわりと噛まれ、ぞくぞくした感覚が背中をかけ上がる。

「媚薬を、もらって……」
 そのようだと言いながら、ヒューガルデンさんは私の着ているシャツのボタンを外していく。
「粘度か栄養の添加かと思ったのだがな……」
 ヒューガルデンさんの声に笑いがにじんでいる。あらわになった脇腹を引っかくようにくすぐられ、また声にならない息を吐く。
「私の信頼を裏切った責任を取ってほしい」
 ヒューガルデンさんの影が覆い被さる。
「加減できるかわからないが……承知の上だな」
 獣めいた笑みでそう言われ、私の恭順な部分が悦ぶのがわかった。

混入の咎