寝間着に着替えたユメは布団の上の抱き枕を手に取った。ダックスフントを模して作られたそれは、ユメの大のお気に入りだった。薄茶色の風貌がどことなくモカエクレアを連想させるので、『モカたん』という妙な名前までつけている。

「かわいいかわいい私のモカたん、今宵も夢の国へ連れて行っておくれ」

 そう愛しげにつぶやいたあと、しかと抱きしめる。目を閉じれば、ふっかふかのもっふもふ加減がいっそう感じられる。そして胸の奥がじわじわと温かい気持ちで満たされていく。
(ああ、なぜこんなにも癒されるのだろう? ポリエステルとナイロンの混合物でしかないのに)

 おそらく、抱きしめる行為そのものに心を落ち着かせる効果があるのだろうな――桃色の脳内が答えを導き出したその時、

「……何してんだ?」

 突然のバリケードの声に、電撃を浴びたかのような衝撃が走った。背中越しに見た彼の顔に、どこか呆れた表情が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。

「見てたの!? いつから!」
「おまえがその抱き枕に熱いハグをするところから」
「初めからじゃないか……」

 別にやましいことを見られたわけではないのだが、なんとも恥ずかしい独り言である。急に居心地が悪くなって、抱きしめていた手を緩めた。やや恥じらいながら非難する。

「もう、私とモカたんの甘い夜を邪魔しないで」
「モカたんて何だよ。というか、それじゃなくて俺を抱けばいいだろ」
「やだ。かたい」

 一考の余地もないとばかりに即答するユメ。憤慨したバリケードは乱暴にモカたんを引っ掴んだ……が、そのあまりにも癒されるやわらかさにたじろいだ。

 まるで……マシュマロのようだ。

 動きを止めたバリケードに、ユメが勝ち誇ったように告げる。
「ね、わかったでしょ。私に抱かれたくば、モカたんよりやっこくなりなさい」

 しばらく苦々しい顔で押し黙っていたバリケードだったが、何を思ったか不敵に笑い、ポツリと呟いた。
「“抱かれ心地”はそいつより俺のが上だと思うがな」

 その言葉の意図を理解したユメは脱兎の如く逃げ出したが、バリケードの足に敵うはずもない。その後ふたりがどうなったかは、モカたんのみが知っている。

ノーマークの相手

(こんなものに嫉妬したなんて言えない)