「ねえ成山、放課後屋上に来てくれる?」
 隣の席の徳庄さんに声をかけられて、僕はピンときた。今日はバレンタインデーだから、告白されるかもってね!
「いいよ~!」
 そう答えると、徳庄さんはついと前を向いて授業の準備を始めた。
 彼女はちょっと変わってるけど優しい人だ。
 数日前、天然ミネラル粘土でパックをしてあげると誘われて、美術室へ行ったのは記憶に新しい。徳庄さんは僕の長い髪を保護するためだと言ってカツラを被せ、白っぽい粘土を丹念に塗ってくれた。乾くまで5分くらいだったかな。粘土を外してからなんとなく肌ツヤがよくなって、僕はますます美しくなった。
 なんで僕に良くしてくれるのか、理由を尋ねてみたんだけど、徳庄さんはただ「趣味だよ」と言ってにこりともしなかった。
 表情に出さないだけで、実は僕のことが好きなのかなあ?
 ……うん、付き合ってみるのもいいかもしれない。徳庄さんは優しい。それに綺麗な人だから、見ていて幸せな気分になる。
 でも仮に付き合ったとしても、僕がいちばん好きなのは僕だから、徳庄さんは嫉妬に苦しむんじゃないかと思う。
 どうしよう? 断るべき~?
 手鏡を見ながら、悩む顔も美しいなあ……とうっとりしていたら、いつの間にか授業が終わっていた。

 先に屋上へ着いたのは僕だった。
 暮れなずむ街を背にして、まるで秋の空のように揺れ動く僕の表情は今日いちばんの美しさだった。
 しばらくすると手鏡の向こうに徳庄さんが見えた。
「待たせてごめん」
「いいよ~。何の用?」
 予想はついてるけど、しらばっくれてみた。すると彼女は平たくて大きい箱を差し出した。
「きみにあげる」
「ありがと~! もしかしてチョコレート?」
「うん。開けてみて」
 こういう箱なら小粒のチョコレートの詰め合わせかな、と見当をつけて蓋を開けた。
 ……びっくりして鼻血が噴き出た。
 中にあったのは、僕の顔をかたどった実物大チョコレートだった。
「すごーい、そっくり~! こんなに美しいチョコ、初めて見たよ~!!」
「そりゃよかった」
 徳庄さんは少しはにかんだ。
「これ、どうやって作ったの?」
「このあいだ、きみを美術室に呼び出したろ。そのときに型を取ったんだ」
「えっ、あれってパックじゃなかったんだ~? 全然気づかなかったあ」
 あらためてチョコレートをよく見てみると、星空のような瞳や、長い睫毛といった細部までよく作り込んであるのがわかった。
「もったいなくて食べられないな~」
「そう言うと思った」徳庄さんは呆れたように言った。「部屋にしまいこんで腐らせてしまうだろ、きみは。全部とは言わないから今ここで食べてごらんよ」
 まったくもって彼女の言うとおりだったから、惜しみつつも顎の部分を割って、口に入れた。ミルクとカカオの濃厚な甘みが舌の上でとろける。ああ、僕の顔ってなんて美味しいんだろう! けれど、ほんの少しだけ、チョコレートらしからぬ味がする。
「すごく美味しい! けど、ちょっと鉄の味がしない? 隠し味~?」
「それきみの鼻血だろ」
「あ、そっか~! ところで、これって告白と受け取っていいのかなあ?」
「ん? ……いや、別にそういうつもりじゃない。成山が好きなのは自分自身だろ? 誰も敵いっこないさ」
「うんうん、そっか。たしかにね~!」
「ただ……」
 ぽつりと呟いて、徳庄さんは口ごもった。彼女にしては珍しく視線を泳がせている。
「ただ?」
「……これからも友達でいてくれると嬉しい。成山を見てると楽しくて仕方がないんだ」
「奇遇だね、僕もだよ~!」
 友情の証にハグをしようと思ったら拒まれてしまった。「血がつくからやめて」だって。友達の距離感って難しいね!

手鏡とアルジネート