目を開けると、さっきと変わらない薄暗い天井があった。暑くてなかなか寝付けない。
ごろりと寝返りをうって、窓のほうを向く。カーテンが少し揺れたけれど、体で風を感じることはできなかった。
カーテンにぼんやりとした影を落としているのはだろうか。
外のほうが涼しそうだ。そう思って裸足のままベランダに歩いて行くと、蒼い瞳がこちらを向いた。
「眠れないのか」
「うん。蒸し暑くて」
こんな夜なのに空調が壊れたなんて、とんだ災難だ。部屋には急遽、扇風機が配備されたものの、就寝中の冷風にめっぽう弱い私はスイッチを入れることができなかった。
も炎タイプとはいえ、この気温は参るのだろう。昼間は暑さなんて微塵も感じさせない態度で過ごしているけど、今はぐったりと目を閉じている。
夏になってからだいぶ毛量が減った胸元を触ってみると、かなり熱を持っていた。
「体温高いね。大丈夫? 水分とった?」
「今しがた飲んだ。心配いらない」
「そう……。それでも扇風機使ってきたら? 熱いよ」
「あれに当たると風邪をひいてしまう」
「変なところが似ちゃったね」
笑いをもらして、柵にもたれかかった。金属の冷たさが肌に嬉しい。
風よ、もっと吹いてくれてもいいんだよ。
心の中で呼びかけてみたけど、夜気はじっとりした熱を含んだまま動かない。
「こう暑いとさ、違う世界で違う人生を歩んでみたい、って思わない?」
は数回瞬きした。「たとえば?」
「そこには夏なんかなくて、一年中、春と秋を足して割ったような気温なの」
「それは……快適だな」
「でね、質素な食事をとって好きなことをして、日がな一日ゆっくり過ごすの」
はひとつ頷いて、「良いな」と言った。
「良いよね。そうなったら」
しかし現実は、夢を語ったところで涼しくなりはしないのだ。
私は汗ばんだ手のひらで首元を扇いだ。
「ああもう、夏って苦手だな。生きるのが嫌になっちゃう」
夏のすべてが嫌な訳じゃない。あまりの暑さになんとなく、口に出してみただけ、だけれど。
「ちょっと、来い」が手を引いた。
怒っている? でも、違うような。
彼の気持ちが見えないままお姫様抱っこをされて、気付けばミナモデパートの屋上にいた。さすがの脚力だ。
夜風が火照った体に心地良い。
もう遅いから光もまばらだけど、「夜景がきれいだね」と隣にいるだろう彼に言おうとして、その姿がないことに気付いた。かわりに、背中から伝わってくる熱。
これは、抱きしめられている?
私はムードそっちのけで「あついよ」と言おうとしたけれど、彼の発した声があまりにも寂しそうだったので、そんなこと、言えるわけがなかった。
「あんなこと言うな」
は私の頭に嘴をのせた。腹部に回した手に、ほんの少し力がこもる。
「生きてくれ、ユメ。私はユメがいないと……」
その一言で、がさっきの愚痴を真に受けたのだとわかった。ちょっと笑って彼の腕をさする。
「大丈夫、本気で言ったんじゃないよ。あんまりにも暑いから、ついね」
「そうか。なら……よかった」
が息を吐いた。
それにしても、いつも凛としているが弱音を吐くなんて。かなり驚いた。体が弱ると心まで弱るのかもしれない。
「ねえ、北国へ行こうか」
「ん?」
「シンオウ地方へさ。向こうならきっと涼しいよ」
「だが、ジムはどうする?」
「そうだね……あとふたつ残ってるよね」
私は考えを巡らせた。
「うーん、やっぱり挑戦してからにしよっか」
「そうこなくては」
の声がいきいきとしてきた。つられて私も元気になる。さっきまでの気怠さがスッと消え去った。
「期待してるよ。私のエース!」
「ああ。最善を尽くすとも」
夏の夜