「エマ、君の伯母さんから電話だ」
 と、ゼニロフが私に告げた。
「わかりました」
 私の伯母は、父の姉ひとりだけだ。父が実家を飛び出してから疎遠になっていたはずなのだが、今頃何の用だろう。

「お電話替わりました。エマです」
「久しぶり。元気にしてた?」
「はい。……お陰様で」
 正直に言うと、顔はおろか声も覚えていなかった。 小さい頃に数回会っただけなので、仕方のないことだろう。
「風の噂で聞いたんだけどね、エマちゃん、お父さんの仕事継いだんだって?」
「そうです」
「あんな仕事、継ぐ必要なんてないのよ。エマちゃんのやりたい仕事をやればいいんだから」
 要件はこれか、と落胆した。父から伯母との不仲については聞かされていたので、 初めから期待はしていなかったが。
「いえ、この仕事、私に合ってます。無理はしてません」
「あら、そうなの?でも年頃の女の子がねえ……」
「天職だと思ってますから。当分、変えるつもりはありません」
 私がそう言いきると、伯母は少々気圧されたようだった。
「そう……。エマちゃんがいいなら、いいけど」

 腑に落ちない、といった様子で言葉を継ぐ。
「お父さんの育て方が悪かったのかねえ」
「……はあ」
「あ、エマちゃんのことを悪く言ったわけじゃなくてね。あの子、男手ひとつで頑張ったようだけど、何せ変わってるから。エマちゃんに迷惑かけたなと思って」
「……」
 要は、私が父のような異常な兎に育ってしまい残念だと言いたいのだろう。

 もう、話す必要性を感じない。気分が悪くなるだけだ。
「伯母さんの元気そうな声が聞けて、なによりでした。体調崩されないように、お気をつけて」
「ええ、エマちゃんも」
 じゃあね、と電話が切れるのを確認して、受話器を置いた。
 いつもの癖が出てしまった。もっと乱暴に切っても良かったかもしれない。
 通路を挟んで隣り合っているカンシュコフが、何かを言いたそうにこちらを見ているのがわかった。だが、私の応答に不穏な響きを感じたのだろう、言葉が見つからないようだった。

 溜息が出てしまう。
 自分が異常であることなど、わかっている。言われ慣れたはずなのに、心がざわつくのはなぜだろう。
 父を否定されたせいかもしれない、と思う。 私の気質を形作り、この仕事に就くきっかけを与えてくれたのは、父だった。それは、伯母の言うとおりだ。しかし、変人ではあるものの、同時に良い父親でもあった。

 それを知ろうともせずに、よくも。

 昼休みを告げるチャイムが鳴った。
 カンシュコフは早々に仕事を片付けたらしく、慌しく食堂に走って行った。書類を巻き上げられたゼニロフから怒号が飛ぶ。
 微笑ましい光景だ。
「ねえエマさん」
 突然背後から呼ばれて、肩が跳ねてしまった。ショケイスキーは気配を消すのがうまい。
「今度、映画観に行かない?先週公開された、あのスプラッターなやつ」
「いいですね。私も観たいと思っていたところでした」
「ほんと!じゃあ日程決めよう。食べながらでいい?」
 ええ、と頷いて食堂に向かう頃には、暗く縺れた気持ちはどこかに消えようとしていた。

多数派の直言

(ご指摘ありがとう、でも戻れない)