かねてから目をつけていたベンチに座った私は、意気揚々と弁当を広げた。小振りな三つのおにぎりと和洋のおかずが、四月のうららかな陽の光を浴びて輝いている。
「いただきます!」
ひじきのおにぎりをひと口かじった。
我ながら美味しい。太陽の暖かさと相まって、まるで自分が光合成をしているかのような気分になる。たまには校舎の外で食べるのもいいものだ。
ご飯をしみじみ味わいながらあたりを眺めていると、少し離れた花壇のそばに人を見つけた。服装からして男の子だ。
彼は花壇から雑草か何かを取る動作を繰り返している。
――きっと園芸部の人だ。ご飯を食べる間も惜しんで、花の手入れをしているんだ。
なんて立派なんだろう。心の中で拍手を送る。
熱心に手を動かし続けるその人は一体どんな人物なのか、無性に気になって席を立った。
そっと花壇に歩み寄る。男の子がいるあたりは、スイセンの爽やかで甘い香りが漂っていた。
「あの……」
「はい!」
元気よくこちらを向いた男の子の瞳は生気に満ち溢れていて、私は少し気圧された。
「草取りですか?」
「いえ、土を食べていたんですよ!」
「え……?」
私の頭は彼の言葉を理解しようとフル回転した。
記憶の海からサルベージしたのは、いつか見たテレビの映像だった。農家のおじさんが土壌の質を見るために土を食べる――。目の前の少年は、それと同じことをしているのだ。
そう結論付けたとき、
「ミミズもいたんで、いい昼食になりました!」
彼はこれまた快活に衝撃の事実を告げた。
「ミミズを……食べたの?」
「はい! タンパク質を摂るにはもってこいですよ!」
「きみ、お弁当は……?」
「持ってきてないんで、現地調達ですね!」
「購買の食べ物は買わないの?」
「オレお金ないんで」
「私のおにぎりあげるよ!!」
思わず声が大きくなった。彼の貧窮ぶりを目にして、弁当を独り占めできる人はいるのだろうか。いや、いない。
彼は雪田守くんといった。同学年らしい。
「あ、オレのことは守でいいですよ。そのほうが呼びやすいんで!」
そう言うので、私も「実里でいいよ」と応えた。
彼はベンチに座るなり私が渡したおにぎりをペロリと平らげ、おかずの残っている弁当箱に視線をよこした。
「これも食べていいよ」
「やった! ありがたい!!」
箸を拭いて渡す間もなく、守くんは手づかみで食べ始めた。がつがつと凄まじい勢いで掻っ込むその様は、厳しいサバンナを空腹でさまよい、数日の後やっと獲物にありついたライオンのようで、私はなんだか涙が出てきた。
おかずを完食すると、守くんはもとの凛々しくも可愛らしい顔つきに戻った。
「ごちそうさまでした!! 久々に心からうまいと思えるものを食べました!」
「よかったね。本当に」
「実里さんはパンよりご飯派なんですか?」
「どちらかといえば、そうだね」
「コスパいいですもんね!」
「うん? ……うん」
――食事のコスパとか考えたことがなかった。あれかな、パンよりご飯のほうが腹持ちがいいとか、そういうことだよね?
「うち農家だから、お米はたくさんあるんだ」
「白米食べ放題ですか! 羨ましい!」
「だからさ、その……よかったら守くんの分のおにぎりも作ってくるよ!」
私が言うと、守くんは真顔になった。
――しまった。この手の申し出は彼氏と彼女の間柄でするものじゃないか。
「気持ちは嬉しいですけど、オレにはおにぎりの対価を支払う能力がないんで……」
予想外の返答にコケそうになった。
「いや、別に見返りを求めてるわけじゃないよ!」
「ってことはタダですか!? そんなうまい話がこの世にあるんですか!?」
「あるよ。大有りだよ。おにぎりをちょっと多めに握るくらい、なんてことないもの」
「実里さん…………」
小さく呟いた守くんの瞳がうるんで、みるみるうちに涙が滴り落ちた。ありがたい、ありがたいとむせび泣く彼を前におろおろしながら、おにぎりを頬張った彼の笑顔が早く見たいなと思った。
おこめだいじに