雨上がりの洗い流した空気のなか、ユメは公園のベンチに座っていた。隣では相棒のエネコがすやすやと眠っている。寝た子を起こさないように、ユメは静かに情報誌をめくった。
「キンセツキッチン、かあ……」
目に留まったのは人気食堂の求人広告だ。事業拡大につき従業員募集中、とある。まかないには惹かれるが、あそこはきっと目が回るほど忙しいし、なにより料理待ちの客が殺気立っているから気がひける。ほかの広告に目を移した。
どうも自分はトレーナーに向いていないらしい。それがホウエンを旅した末の結論だった。ユメには自らのポケモンとともにのし上がっていくという、野心や闘争心のようなものがなかった。唯一の相棒であるエネコと街や野山を歩いてまわるのが一番の楽しみで、バトルは二の次といった感じだった。
各地のジムを回るとなれば、いろんなポケモンを育てるのが堅実なやり方だが、ユメはモンスターボールを投げてポケモンをゲットするという当たり前のことが、なかなかできなかった。
彼らをボールに入れるということは、相手の生に責任を持つということだ。だから、出会うポケモンに心動かされることがあっても、本当に捕まえる必要があるのかと自問してしまうのだった。
そう思わせてくれたポケモンは、どこかへ行ってしまったのだが。
ページをめくると、遠くから少年の雄叫びが聞こえた。思わず口元がゆるむ。もしかすると捕まえたかったポケモンをゲットしたのかもしれない。
若い。若いのはいいことだ。対して年の離れていない少年に心の中で呼びかける。
雲が晴れて、紙面の眩しさにユメは目をすがめた。
「ちょっと眩しいな」
情報誌を閉じて太陽を仰ぐ。伸びをして、そろそろ帰ろうかと何となくあたりを見渡せば、
「そこのきみ! 今目合ったよね!」
短パンを履いた少年が小走りで近づいてきた。こうなっては仕方がない。ユメはエネコを軽くたたいて起こした。桃色の体がユメの前に躍り出る。
「ゆけっ! エネコ!」
「ゆけっ! ルンパッパ!」
少年が出したポケモンにユメは目を奪われた。
「ハスブレロだよね!?」
「いや、ルンパッパだけど」
少年の冷静な指摘もユメの耳には届いていない。ユメはエネコに指示をするのも忘れて、黄緑色の体に駆け寄った。顔を近づければ池のほとりのにおいがする。やはりあのハスブレロに間違いない。
「元気にしてた?」
ルンパッパはこくりと頷く。
「旅楽しい?」
ルンパッパはまたも頷く。
黄色い体毛には艶がある。大切にされているようだ。
ユメはルンパッパを撫でながら、少年にわけを話した。昔――ハスブレロだった頃によく遊んだ友だちなのだと。
「ははあ。そんなことがあったんだ。どおりでなかなか捕まらなかったわけだ」
「苦戦したの?」
「手持ちのボール全部使ったよ」少年は笑った。「お前この人に捕まえてほしかったのか?」
ルンパッパは首を横に振った。
「なんだ。じゃあオレに捕まるのが嫌だっただけか」
「うぱっ」
明るく言って、ルンパッパはリズミカルに動き始めた。機嫌がよさそうだ。
ふと、ユメの頭にポケモン交換の文字が浮かぶ。だが、まさかエネコを手放せるわけもない。
「あのさ……」代わりにためらいがちに口を開く。「もしよかったら連絡先交換しない?」
いいよ、と少年は微笑んだ。
すっかり強まった日差しが、バッグを漁るふたりを明るく照らしていた。
巡り合い