一体の凶魔が木陰で微睡んでいた。丸い貌と垂れた耳は兎のように見えるが、白くふわふわの巻き毛は羊のそれであり、大きさは一メートルを超えていた。
 その凶魔は、何者かが近づく気配に目を覚ました。
「おい、テグネウ様がお呼ビだ」
 声をかけたのは虹色の毛を持つ猿の凶魔である。兎の凶魔は無言のまま鼻先に皺を寄せた。
「そんな顔してないで行っテこい。おれがどやされる」
「あんたがどうなろうと知ったこっちゃない。行きたくないわ」
 そう言ってそっぽを向く。猿の凶魔が呆れたように嘆息した。
「抱きしめられるだけの簡単な仕事だろウが」
「それ本気で言ってるの。そう思うなら代わってほしいわね。複雑骨折するうえ中身が出ちゃうでしょうけど」
「テグネウ様に絞められて生きていられるのは、おまえくらいのもンだよな」
 猿の凶魔がしみじみと呟く。
「そうよ。それだけが取り柄なの」
「なア、おれにも抱かせてくれよ」
「私はテグネウ様専用の枕。知ってるでしょ」
「おまえが黙っててくれればバレやしないさ。ちょっとだケでいいんだ。感触を確かめテみたい」
 兎の凶魔は沈黙した。その目は猿の凶魔の後ろ、三枚羽の姿に向けられている。
「ぼくの枕に触れようとするなんて、いい度胸だね」
「モっ……申し訳ありません!」
 猿の凶魔は見事なスライディング土下座を見せた。
「遅いと思って来てみれば……。何をやってるんだね、君たちは」
 冷たい視線を気にもせず、兎の凶魔が気怠そうに言う。
「テグネウ様、もう私のことは放っておいてくれませんか。あなた様の腕に閉じこめられることに疲れました」
 テグネウは首を傾げ、先ほどの兎の凶魔と同じ言葉を口にした。
「それ、本気で言ってるのかい。尻尾が嬉しそうに揺れているよ」
「……」
「まあ、そんな天邪鬼なところも好きだけどね」
 よいしょと白い体を脇に抱えて、テグネウは寝屋へ歩いていった。
 残された猿の凶魔は、そっと自分を抱きしめてみた。硬かった。

柔らかなまどろみ