「選べよマルチャン。素直に吐いて楽になるか、痛めつけられてナカを覗かれるか」
 こつ、こつ。
 両手を拘束されたマル様の頭を、スタースクリーム様が小さく叩く。後者はおそらく脳内侵入プログラムのことを言っているのだろう。

「何度も言わせないで。誤解よ」
「ふん、強情なこった。でもなぁ……そろそろ自分が裏切り者だって認めたらどうだ?」
「わたしは裏切ってなんかない!」
 マル様が吠えると、スタースクリーム様はうるさそうに顔をしかめた。
「まあいい、また後で来る」
 私に向き直り、
「よーく見張っとけよ。こいつは油断ならないからな」
 はい、と頷くとスタースクリーム様は扉の向こうへ消えた。あとには私とマル様だけが残される。

 ことの概要は聞いていた。マル様がオートボットに情報を渡し、我らの策が暴かれた。大敗を喫したのは、そのためであると。にわかには信じられなかったが、ディセプティコンらしからぬ優しさを持つ彼女なら鞍替えもありうると思い始めていた。
 しかし、こうして真に迫った様子を見ると、やはりマル様は無実なのではないかと思われた。

 ぽた、と水音が聞こえた気がした。
 いつの間にかマル様が声を出さずに泣いていた。洗浄液がフェイスパーツを伝って足下にこぼれ、床に染みをつくっている。

「マル様、どうされましたか」
「あなたはあの時の……」
 そう、彼女はビーコンひとりひとりを覚えてくれるのだ。任務を数回しか共にしていない自分を認めてもらえたことに、胸の奥が熱くなる。

「あなたに涙は似合いません」
 水滴をそっと拭う。鋭利な自分の指で傷つけないように。
「……ごめんなさい」
「そんな言葉は聞きたくありません」
 マル様が目を見開く。
 いけない、思わず本音を口にしてしまった。
 普段の彼女ならきっと、「そうね」と笑って表情を引き締めるのだ。それなのに。

「申し訳ありません。……ですが、泣いているあなたを見ていられません。どうか、私たちを率いるときのように。強く、気高くあってください」
 ひどく弱々しい、「無理」という声が聴覚器官に届いた。
「見損なった、って言われたの。メガトロン様に」
 ぽつり、ぽつりと苦しそうに言葉を継ぐ。
「わたし、なにもしてないのよ。なのに、撃たれて、すごく冷たい目で見られて。……凍えそうだった」
 真新しい傷はメガトロン様の手によるものか。
 ひしゃげたパーツも美しいと思ってしまう自分は、相当マル様に溺れている。

「皆に見捨てられて、わたしはもう……なんのために生きていけばいいのか」
「……では、私のために」
 瞳が揺れる。
「厭、ですか」
「わたしはメガトロン様の僕で」
「先ほどご自分で見捨てられたとおっしゃったではないですか。私は違います。マル様を信じています」
「でも……」

 ああ、どうすればいい。強い焦燥に駆られる。
 私はあなたの拠り所にはなれないのですか。
 私はこんなにも、あなたのことを想っているのに。

「……哀しいことを考えられないようにして差し上げます」
 レセプタを覆うカバーをつう、と撫で上げるとマル様の体が面白いほど跳ねた。
「ビーコン……?」
 この先の行為を予見したのだろう、だらんと下げていた脚をきつく閉じてしまう。私はその脚をこじ開けて、カバーを取り外しにかかった。
「や、やだ……ビーコンっ!」
 音をたてて固定具を壊すとレセプタが露わになった。傷ひとつないそれが頭上の照明に照らされて、滑らかに光る。
「綺麗ですね、マル様」
「やめてよ、お願いだから」
 涙交じりに制止する声も、表情も。自分を興奮させる材料でしかない。彼女の内部へ、そっと指を滑らせる。
「……っ、ひぁ」
 そう、それでいい。
「今は、私のことだけ考えてください」
 赤い双眸が喜悦に歪むのを、私は熱に浮かされたように見つめていた――。

   *

「おい、大丈夫か」
 同僚に肩を叩かれ我に返った。呆けていたらしい。
 何でもない、と答えて目的地の座標を入力する。

 マル様の嬌声がブレインから離れない。普段の彼女からは想像もできないほど甘い声が、粘りを帯びて絡みついているようだ。そのときの快感が想起され、カバーの下が熱くなるかのような疼きを覚える。
 刺激が強すぎたのだ。一般兵である自分と、精鋭の彼女が結ばれることなど、あってはならないのに。なぜあのとき踏みとどまれなかったのか。

 排気する。
 ――彼女は今、何を思っているのだろうか。

涙が声になるまで

(まさかあなたを抱くことになるなんて)