テパの村を訪れた一行は宿屋で装備を整えていた。
 四人が囲む丸机には、機織りの名人ドン・モハメから受け取ったばかりの水の羽衣が置かれている。あまつゆの糸で織られたその羽衣は絹よりもなめらかで、どんな炎をも受け流すという。
「で、誰が着る?」
 腕を組んだロランが静かに切り出した。
「前衛のロランがいいと思う」ユメが言った。「これって守備力高いんでしょ。なら、陣頭に立つ人が装備したほうがいいんじゃない?」
 たまらず吹き出したのはサトリだ。
「おいおい勘弁してくれよ。ロランが装備してみろ、この乙女チックな裾を翻すことになるんだぜ? 笑っちまって力が入らねェよ」
 ロランの顔に一瞬だけ不服そうな表情が浮かんだが、本人も脳内で試着した結果、サトリの言い分を認めることになった。
「うん。ドン・モハメさんも『娘さんが着るとよかろう』って言ってたし、女の子が着たほうがいいと思うな。僕には鎧があるし」
「そっか。どうする? ルーナ」
「私はどっちでもいいわ」
「じゃあルーナが着るといいよ!」ユメは声を弾ませた。「絶対似合うよ!」
 水色の羽衣を持ち上げてルーナに重ねる。波飛沫を思わせる白い裾がつるんと踊った。
「ほらね、ぴったり」
「そう? 頭巾の朱と喧嘩しないかしら?」
「頭巾は袋に入れておけばいいよ。替わりに髪飾りをつけてさ……」
「なあ」
 とサトリの声が遮る。
「ユメは? 試しに着てみればどうだ?」
「私はいいよ」
「なんでだよ」
 食い下がるサトリに何かを察したルーナとロランは密かに目配せしあった。
「なんでって、戦略的にその方がいいと思って」
 ユメが記憶を手繰り寄せる。
「ほら、前にリザードフライの群れに襲われたことがあったでしょ? あのとき先制でギラ連発されて死にかけたけど、ナナのバギで一掃できたよね」
「魔法って便利だよね」
 しみじみと頷くロランをサトリが一笑する。「おめェが言うと重いな」
「だからルーナが着れば、危ない場面をしのげるかと思ったの」
「ユメったら、そこまで考えてくれたのね」
 微笑みを浮かべるルーナ。一方で、サトリは未だ渋い顔をしている。
「それを言うなら、回復の要のユメが着りゃ全滅を防げていいんじゃねェの?」
 なぜこうも反論してくるのだろうと思いながら、ユメは舌戦に応じた。
「でも、難局を打開するのは結局は攻撃なわけじゃない? 考えてみて。もしあのときルーナが倒れてたら、私とサトリのホイミで持ちこたえながらロランが一匹ずつ倒すことになってたよ。非効率的でしょ」
「たしかに、すぐ倒せるレベルの相手ならそうかもしれねェ。だが手強いヤツと戦うなら、やっぱユメの装備を固めた方がいいと思うんだよな。おめェが倒れたら攻撃がおろそかになっちまう」
「サトリがザオリク唱えてくれれば一発じゃない」
 とユメ。
 とたんにサトリの目つきが険しくなった。ブリザードに対するときのそれである。 
「俺をあてにすんな。お前に唱えるザオリクはねえ」
「なによ。そこまで言わなくてもいいでしょ!」
「待って、ユメ。違うのよ」見かねたルーナが割って入る。「サトリはあなたを心配してるの。俺より先に死んでくれるなって意味なの」
「えー?」
 そんなわけ、と言いかけたユメは、ばつが悪そうにそっぽを向いたサトリを見て口を閉じた。
 ロランがサトリの背中を押す。「ほら」
「……悪かったな」
 口をとがらせて、それだけ言った。
「……こちらこそ」
 ユメはにわかに今のやり取りが恥ずかしくなった。
「水の羽衣を着たユメが見たかったのよね」
 ルーナが笑いを含んだ穏やかな声で言う。
「別に、そういうわけじゃねェ」
「はいはい。とりあえず試着してみるかい?」
 ロランがユメに笑いかけた。

見せかけの論議