たまには流行りの歌でも聴いてみるか、とロウは神チューブを点けた。「ポップス」で検索し出てきた動画を順に再生してみる。
 最初に流れてきたのはよくあるラブソングで、ロウは眉間にしわを寄せて次の動画に移った。しかし、次も歌うのは恋しい人のこと。
「まったく……。こんなのばっかだな!」
 思わずリモコンを操作する手に力が入る。
 次に映ったひとりの女性歌手を見たとたん、ほんの少し息をするのを忘れた。
 熊に似た丸い耳に、新緑と同じ色をした目。マイクを握る姿は小動物のような印象だ。
 彼女をぼうっと眺めてから、ロウは我に返った。曲に耳を傾けてみれば、透き通った声は疲れた人へのエールを歌っている。
 一曲聴き終えたあとは、どことなく体がふわふわするような心地になった。
「ユメ、か……」
 その名前で検索して、ほかの曲も聴いてみた。
 彼女が歌うと不思議とラブソングも鼻につかない。それどころかユメが思う相手は自分であるかのように感じられ、ともに過ごすシーンが頭を駆け巡りさえする。
 すっかり気に入ってしまった。
「いや、待て」
 まだ表の顔を見たに過ぎない。どうせプライベートは傲慢なやつなのだろうと思いながら水晶玉を覗く。
 数日かけて様子を探ったところ、収録が終われば番組スタッフに笑いかけ、レストランで食事をすれば店員に丁重にお礼を述べるような善良な人間だと判明した。
 そうと決まればやることはひとつ。
 ロウは花束を持って自宅前に待ち伏せ、ユメが車から降りたところで声をかけた。
「ユメだな? 俺はロウ。突然だが……おまえ、俺の女になれ!」
「いきなりなんですか!?」
「ここしばらくおまえのことを観察していたんだが、見た目だけでなくその優しい性格……俺と付き合うにふさわしい人間だ」
 花束を差し出した。
「俺の気持ちだ。受け取るがいい」
「観察してた? ストーカーですね?」
「ストーカーじゃない。神様だ!」
「控えめに申し上げて、頭がおかしいのでは?」
 証拠を見せてやる、とロウはユメの腕をつかんだ。
「ちょっ、放して――」
 一瞬のうちに景色が変わり、ユメはあたり一面に広がる草原をあたふたと見回した。
「どうよっ! こんなことができるのは神をおいてほかにいまい!」
「どこですかここ!? もとの場所に戻してください!」
「まあ落ち着け。ここは第9宇宙の界王神界だ。茶でも飲んでいくといい。帰るのはそれからでも遅くはなかろう」
 強引に花束を持たせるとロウはテーブルに向かって歩き出した。
「お茶したら帰してくださいね? 約束ですよ」
 ロウのほかに頼るものがないユメは後を追った。

恋の歌