ユメは瓦礫を踏みつけながら歩いていた。突如としてサイトが崩壊し、勤務していた研究室もめちゃくちゃになってしまったのだった。おそらくは外部からの攻撃を受けたのだろう。命があったのは不幸中の幸いだった。
 とりあえずは外を目指して進んでいる。緊急時のアナウンスをする部門も被害を受けたのか、何の放送もないままここまで来てしまった。
 あたりには人っ子一人いない。もしかしてみんな瓦礫の下敷きになったか、収容違反したスキップにやられてしまったのだろうか。そんなまさか。たまたま人がいない区画だったに違いない。
 そう自身を励ましながら歩いていると、遠くに人の背中を見つけた。警備員の男性だ。ユメはほっとして声をかけた。
 振り向いた警備員は顔に白磁の仮面を付けていた。とたんにユメは動悸がしてきた。よく見ると仮面の目と口からは黒っぽい液体がしみ出して、首元を汚している。SCP-035だ。
「ああ、やっと人がいた」
 安堵したような声で言われるやいなや、ユメは逃げ出した。Keterクラスのオブジェクトに相対する度胸など持ち合わせていない。
 しかし恐怖で足がもつれ、ちょっとした瓦礫につまずいて転んでしまった。したたかに膝を打つ。
 逃げることないじゃないか、とおもむろに追いかけてきた035は手を差し伸べた。「立てるかい?」
 動けないでいるユメの目線に合わせるように035はしゃがんだ。
「そんなに怖がらなくていい。こう見えて私は優しいんだ」
 今は笑みをたたえた喜劇の仮面だが、笑顔の温かみというものがちっとも感じられない。
「名前は?」
「……ユメ、です」
 なぜだか答えてしまった。
「いい名前じゃないか、ユメ。何があったのか知っているか?」
「分かりません。突然爆発して……」
「そうか。いずれにしろ良い日だ。こうして外に出られたのだから!」
 興奮した様子で喋る035は、ポンと手を打った。
「そうだ、私を閉じ込めていたお礼をしなくてはいけないね」
 035はユメの体を押し倒して馬乗りになるなり、顔を寄せて唇を奪った。仮面の分泌液が口に入る。
 顔を離した035は、一度こういうことをしてみたかったんだ、と楽しげに言った。
 ユメは口を拭うも、嫌な苦みが残って泣きそうな気分になった。
「私はずっと貴女たちに語りかけていたんだよ。それなのにテレキル合金で閉じこめて、必要とあれば記憶処理でさっぱり忘れてしまうんだからね」
 035はユメの顎を撫で、首から鎖骨を緩やかになぞり、シャツのボタンを外しにかかった。
「こんなことをしてる場合じゃ――」
「こんなときだからこそ、だろう? 私はいま外に出られて最高の気分なんだ。少しくらい付き合ってくれ」
 下着をたくし上げられ、ユメの胸が露わになった。そのふくらみを無遠慮につかんで、
「君だってほかのスキップに恐怖しながら殺されるより、ここでいいことをしたいだろう? 大丈夫、痛くしない。優しく殺してやるからな」
 035はくつくつと笑った。ユメの片手を捕まえて、ズボン越しに猛った屍肉を押し当てる。ユメはこの後に続く行為を予期してきつく目を閉じた。

最期の日