※166の会話記録がないので口調は創作です。
男になりたい。それが無理なら同性でもいいから結ばれたいと思ったことはあるだろうか。私はある。
と、シルビアが心の内で語っているのは、彼女を前になんとか平静を保とうとしているからだった。
シルビアは今、裸身の少女にひしと抱きつかれていた。
SCP-166 - Teenage Succubus (年頃のサキュバス)
「シルビア様、お会いしとうございました……!」
「あー、■■ちゃん、この状況はちょっとまずいかな」
シルビアが言うと、SCP-166はすぐさま離れ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、苦しかったですか?」
「いいや。君が衣服に触れるのは良くないだろうから」
「僅かな間なら問題ありませんわ」
と、再び距離をつめる少女にシルビアは慌てて言葉を続けた。
「それに、君にハグされると心臓がうるさくてね」
SCP-166は桜色の頬を膨らませた。
「だって……シルビア様ったら、なかなかお越しにならないんですもの」
「ごめん。色々と忙しかったんだ」
シルビアは困ったように笑った。
久しく訪問していなかったのは、同性には影響を与えないはずのSCP-166に魅了されてしまったからだった。前回の面会で辛くも理性を繋ぎ止めたシルビアは、彼女の影響下から逃れようと心理カウンセリングを受け、再会までに長い時間を置いたのである。
それはいくらか功を奏したようで、彼女のスレンダーな身体を目にしても、悟りに達した仙人のように落ち着いていられるようになった。――彼女が悪意のない誘惑をしなければの話だが。
「さあ、髪を梳かしてあげよう」
心を鎮めながらシルビアが言うと、SCP-166は軽やかに鏡台の前へ座った。にこにこと鏡越しに見つめてくる。
シルビアは穏やかに微笑み返し、絹糸に櫛を入れた。細く柔らかな髪がさらさらと音をたてて流れ落ちていく。
SCP-166が財団に保護されてから数年が経つ。彼女は変わらず絵画から出てきたような美しさのまま、この保護部屋に住んでいる。
隣の監視所から初めて呼びかけたのはいつのことだったか。彼女の特性上、関わることができるのは女性職員に限られるので、当時、新米警備員だった自分までもが駆り出されたのだ。
SCP-166は長い付き合いになったシルビアを姉のように慕い、シルビアもまた、彼女を愛おしく思うようになった。
それはいけないことだったのだろうか。シルビアは思う。
月日が経つにつれ、妹に抱くような愛情のほかに、邪な感情が膨れてきたのだ。
彼女はときどき、ぞくっとするほど艶めかしく見える。薄いばら色の肌や、形のよい唇に情欲をくすぐられるのが、シルビアにはつらかった。彼女の魔力は男性のみに作用するはずなのに、自分にも効き目があるようだった。
もしシルビアが一線を越えてしまえば、貞淑な少女を人間不信に陥れるのは間違いない。
いつ溢れるかわからないコップを持って彼女に会うのも、そろそろ限界だった。
「シルビア様」と呼ぶ鈴の音で我に返った。「どうかなさったのですか? 浮かない顔をしておられます」
シルビアはなんでもないよと首を振った。
「君に似合いそうな髪型を考えていたんだ」
「髪型……ですか?」
「随分と伸びたし、そろそろ切ってもいい頃じゃないかな」
「そうですね。またすぐ伸びてしまいますけど」
SCP-166は髪を一房手に取り、ため息をついた。彼女の髪の成長は常人の何倍も速いため、見た目の変化を楽しむ余裕がない。そのうえ着飾ることすら許されないのだ。
「私はボブがいいんじゃないかと思う」シルビアが言った。
SCP-166が合点のいかない顔をしているので、「このくらいの長さのことだよ」と彼女の髪をふわりと丸めてみせると、SCP-166はたちまち目を輝かせて、
「いいですね。そうしましょう」
と声を弾ませた。
「他にも髪型はたくさんあるけどね。よければヘアカタログを取り寄せようか?」
「いえ、ボブで良いのです」
SCP-166はきっぱりと言い切った。そして上目遣いにシルビアを見、照れたように笑った。
「シルビア様が、私に似合うと……そうおっしゃったから」
シルビアはどきりとした。思わず彼女から目を逸らす。
(何度私を試せば気がすむんだ、この子は……)
彼女を抱きしめてしまいたい衝動に耐え、シルビアは僅かに震えた声で言った。
「じゃあ、美容師に伝えておくよ」
「君の担当を外れることになった」
その一言はどうしても喉につかえて、結局言い出すことができなかった。
繋縛