姿見の前に立ったシルビアから自嘲的な笑いが漏れた。鏡の中の自分は驚くことに、フェミニンなブラウスとスカートを身に着けている。武骨な制服ではない。
 なんとも落ち着かないが、同時にわくわくした気分が心の底から立ち上ってくる。
 そろそろ友人を訪ねる時間だ。
SCP-447 - Ball of Green Slime (緑のスライム)
 カインの居室のドアをノックすると、中からどら声が返ってきた。
 彼はこんな声だったか……?
 疑問に思いつつもドアを開けると、
「わぉ。珍しいカッコだねシルビアちゃん」
 一杯ひっかけた様子のコンドラキがどっかりと座っていた。
 シルビアは無言でドアを閉め、ネームプレートを確認した。カインの部屋で間違いなかった。仕方なくもう一度開けた。
「コンドラキ博士……なぜここに……」
「さっきカインに会ってな。これからお前と食事だっていうから茶々を入れにきたわけだ。デートか?」
「な……!? 違います」
 シルビアは事の経緯をかいつまんで話した。友人であるカインに相談を持ち掛けたこと。そして、これは彼の善意によるリハビリなのだということを。
「へー」コンドラキは薄緑色の飲み物が入ったグラスに口をつけた。
「で? 女子力上げてどうすんだ? 結婚相手でも探すのか?」
「別にそういう訳ではないんですが……。男衆に混じって可愛い女の子にニヤつく自分を想像したら悲しくなったので」

 シルビアは無機質な部屋に視線を巡らせた。
「ところで、カインは?」
「あいつなら食い物を取りに行ってるよ。俺は飲み物担当」卓上の二つのピッチャーを指して、「どっちにする?」
「その緑のは何ですか?」
「これはな――」
 とそのとき、部屋の主が帰ってきた。手にしたトレイには肉料理がこれでもかというほど載っている。
「やあ、シルビア」
「お帰り。お邪魔してるよ」
 カインはシルビアの姿を見て何度か頷いた。
「うん。とてもいいと思う。普段がボディスーツにタクティカルベストだからか……意外性があって、一段と女性らしく見える」
「そ……そうかな」シルビアの平常心が揺らいだ。「ありがとう。足下がスースーするけど着てよかったよ」
「馬子にも衣装ってヤツだな」とコンドラキ。
 張りつめた空気を感じ取ったカインは料理をテーブルに並べた。
「さ、早く食べよう。冷めないうちに」
「こぼして服を汚すんじゃないぞ、おしゃれさん」
「ご心配には及びません。カメラオタクさん」
「二人は仲がいいんだね」
「どこが?」とコンドラキとシルビアの声が重なる。
「そういうところが」

「まあ、こいつとは4年の付き合いだからな。今日みたいな服装は初めて見たけど」コンドラキはローストチキンにかぶりついた。
「すみませんね。見慣れない格好をして」
「俺はこう思ったね。おおシルビア、ついにジェンダースイッチャーを使ったか!」
 大仰な身振りがシルビアをさらに苛立たせた。
「もう! あんまりいじらないでください。人がせっかく勇気を出して着たというのに……!」
「そうカッカするなよ」
「誰のせいですか、誰の」
 緑のカクテルをむかっ腹に流し込めば、ミントの香りがふわりと広がった。なかなかおいしい。
 カインがとりなすように微笑んだ。
「許してやってくれ、シルビア。彼はこれでも褒めているつもりなんだ。そうだよね?」
「あー……。かもね」
「なら、いいですけど……」
 シルビアは肩の力を抜いた。諦めと、疲労が少し。コンドラキは人をからかわずにはいられない性質なのだ。

「すまない、もう一杯もらえるかな」
 カインが差し出したグラスに、コンドラキが薄緑のピッチャーを傾ける。「うまいだろ、これ」
「ああ。さわやかで肉料理に合う」
「ミントのカクテルですか?」とシルビア。
「違う。SCP-447のカクテルだ」
「何ですって?」
「緑のスライムをウォッカで割ったものだ」
 コンドラキがさらりと言い放った言葉の意味を理解したとき、シルビアをとてつもない不快感が襲った。
「なんてものを飲ませるんですか!」
「ヤツは食用可能だよ。知らないの?」
「知ってますけど……」
 SCP-447の死体との相互作用を連想して、シルビアは吐き気を催した。そして目を疑った。
 カインがゴクゴクと喉を鳴らして、件の液体を消費しているではないか。
「カイン、無理に飲むことないんだよ!」
 彼は不思議そうな顔をしてグラスを置いた。
「私は平気さ。これは……ミントの風味がとてもいい。昔を思い出すよ。私がまだ草木に触れるのを許されていた頃を」
「……そっか」
 好き嫌いはよくない。気を取り直したシルビアはカクテルを少しだけ飲み込んだ。えずいた。

Party Night