考え事をしている様子のSCP-049をモニター越しに見つめていると、ポケットの携帯が揺れた。そっと取り出し確認すれば同期のウォルターから「ヤバイ」との文字が。
「どうした?」と送ると数秒もたたずに「マジヤバイ」と返ってきた。何やら相当追いつめられているらしい。
 しまいには文字を打つ気力もなくなったのか、食事のマークのあとにクエスチョンマークが流れてきた。
 昼食一緒にいいか? ということだろう。多分。
「オーケー」とだけ返し、シルビアはモニターに目を向けた。マイクのボタンを押す。

「ねえドクター。今ウォルターからメッセージがきたんだけど」
 SCP-049は顔を上げた。
「貴女の同期だね。白ウサギと同じ名前の」
「うん。ヤバイ、とだけ送ってきたんだ。何があったと思う?」
「……『ヤバイ』とは?」
「危機的状況に置かれたとき口にする言葉だよ。遅刻しそうなときや収容違反が起きたときなんかに使う」
「なるほど」
「あと良い意味でも使うね。食べたものがすごく美味しいときとか。この前話したピザボックス、あれはまさにヤバイと思う」
「シルビア君は本当にそれを好いているのだね」
 049は壁にもたれて腕を組んだ。
「ピザという食物は脂質と炭水化物の塊だと聞いたが、ちゃんと野菜も摂っているのかい? 私は心配でならない」
「大丈夫、サラダも食べてるよ。たまには」
「たまには?」
 オウム返しに聞いてくる彼の声には、不摂生を良しとしない医者の凄みがあった。
「いや……その……」シルビアは汗をかいてきた。「毎回食べるようにします」
「よろしい」



 昼時。休憩に入ったシルビアはカフェテリアの一角に沈んだ顔のウォルターを見つけた。彼の周りに陰の気が立ちこめているせいか、四方は空席が目立っていた。
「すごい落ち込みようだね」
 シルビアが向かいに腰を下ろすと、ウォルターはのろのろと口を開いた。
「俺は明日にでも死ぬかもしれん」
「……なんで?」
「担当の収容エリアが変わったんだ。SCP-096の……シャイガイのそばに」
 脳裏に白い痩身が浮かんだ。その名の通り非常に恥ずかしがりで、顔を見た者をたちまちのうちに殺してしまうSCPオブジェクトだ。
「なるほど、それはヤバイ」
「だろ? 今もどこかの登山家が写真の整理をしてるかと思うと、生きた心地がしねえ」
「なんといっても4ピクセルだもんね」
 シルビアは悲しげな笑みを向けた。
 SCP-096の顔写真が禁忌なのは知っての通りだが、ミジンコ並みに小さく映っていても彼は「見られた」ことを感知するのである。そして、そんな彼の写り込んだ写真が世界に何枚あるか見当もつかないのだ。

「シャイも大概にしろって感じだ」
 ウォルターが吐き捨てる。
「研究や何やらでこっちから接触するのはいいんだよ。心の準備ができるからな。だが、不意を突かれてちゃんと対応できるか……」
 天井を見上げ、ウォルターは身震いした。豹変したシャイガイを想像したのだろう。
「自販機の見張りに戻りてえ……」
「辛抱だよ、ウォルター。たしか彼は終了される予定だったし、意外と早く担当を移れるかもよ」
「いつになることやら。アレを終了できる武器があんのか?」
「あるんじゃないかな。博士たちが考えてくれてると思うよ」
 ウォルターは肩をすくめた。「アレの死が先か、俺の死が先か。いい勝負だな」
「そう悲観しなくても大丈夫だって! 顔さえ見なきゃ平和そのものじゃないか」
「だが……」
「君は慎重だし、色々あっても生き延びると思うよ。私は」シルビアはウォルターの目をまっすぐ見据えた。
「どうだかな」とウォルター。「まあ、お前に言われるとそんな気がしてくるから不思議だよ」
 ようやく見せた微笑に安堵しながら、シルビアは席を立った。
「さあ、食べよう。私はサラダを取ってこなくちゃならない」
「いつからそんな健康志向になったんだ?」

心痛