「エマさん、処刑終わったよ」
更衣室の奥に声をかけると、はい、と返事が返ってきた。
普段なら、ここで「よろしくね」とお願いして会話が終わる。しかし、今日は違う。 ほとんど話したことのないエマの反応が予測できず、緊張する。
エマは読みかけの本をロッカーにしまい、かわりにマスクとエプロンを取り出した。 それらを手際よく身につけ、道具の入ったバケツを持ち上げた。 扉の傍から見つめていたショケイスキーを不思議そうに見やり、足早にすれ違う。 声をかけるなら、今しかない。
「今日、」
ドアノブに伸びた手が止まる。
「仕事を傍で見ててもいいかな」
「いいですよ。でも、面白くないと思いますけど」
「うん、大丈夫」
エマが頷く。すんなりと了承してもらえた。
見慣れた青タイルを踏みながら、
「いつもエマさんに処理してもらってるから、興味がわいてね」
仕事の進め方と、それを行うエマに、である。
「そうですか」
返ってきたのは一言だけだった。
エマは多くを語らない質だ。ほかの兎と談笑しているのを見たことがない。 仕事を終えるといつの間にか帰っていく、謎に包まれた兎だった。
目当ての監房に着いたエマが扉をひくと、嗅ぎ慣れた血のにおいが流れてきた。
手袋を嵌めながら、エマがいう。
「最近、斬首多いですね」
「うん。今日の奴は模範囚だったから、好きな方法を選ばせてあげたんだけど」
嗜虐心をあおる囚人の声が思い出されて、ぞくり、とする。
「この期に及んで、死にたくないとかほざいてね」
「よくある話ですね」
「苛々したから、すっきりするギロチンで殺しちゃった」
「そうでしたか」
ショケイスキーの発言を気にする風でもなく、エマは汚れたシーツを剥ぎ取っている。ほかの兎の反応と比べると、良くも悪くも平淡だな、と思う。
「あ、エマさんとしては毒ガスのほうがいいのかな?」
「別に何でも」
「斬首だと血の掃除が大変だよね。ごめんね」
「構いませんよ」
黙々と作業を続けるエマ。血に染まった監房が、次第に日常を取り戻していく。 その様子がひとつの芸術のように感じられて、ショケイスキーは楽しくなった。
「毒ガスは費用かかりますし」
と、エマが切り出す。
「そうそう、あれ高いんだよね。一時期毒殺に凝ってたら、ゼニロフ君に怒られちゃって」
「電気椅子も楽といえば楽ですけど、うまく通電しないと臭くてたまりません」
「そうだよね。前に失敗した時は参ったよ」
「銃殺刑は縛り上げるまでが大変で」
「うんうん」
「斬首、良いんじゃないでしょうか。私、好きですよ。原始的で」
とんでもないことをさらりと言ってのける。
「……驚いたなあ。僕以外でそんなことを言うのは、君が初めてだ」
「すみません」
「いやいや、同じ価値観のひとがいて嬉しいよ!」
思わず、通路から身を乗り出してしまう。意を決して話しかけて、正解だった。
「僕たち気が合いそうだね」
「そうかもしれません」
飾らない世界
(異端だからこそ勤まる生業)