いつものようにQ市をパトロールしてると、「あーっ!」と小さな子どもの声がした。聞こえたほうに振り向けばランドセルを背負った女の子がとたたっと駆けてきた。すごくうれしそうな顔をしてる。
「ばんけんマン! ばんけんマンだ!」
「そうだよ」
 女の子は僕の前で止まってお辞儀をした。「こんにちは」
 こんにちは、と返すと女の子は真剣な顔つきになって、恐る恐る手の甲を差し出してきた。僕の鼻先に。
(なんだろうこれ)
 反射的に鼻をひくつかせると牛乳の匂いがした。ああそうか、犬に合わせた挨拶をしてくれたんだ。小さな子にしては……できる。
「あんしんした?」
「まあね」
「あくしゅしてください」
 女の子の手に着ぐるみの手を重ねたら、お手をしてるみたいな格好になった。ふかふかの感触を気に入ったのか、女の子は「うわあ」と言ったきりしばらく撫でたり揉んだりして離さなかった。
「わたしね」
「うん?」
「大きくなったら、トリマーになる!」
「いいと思うよ」
「そしたら、ばんけんマンの毛をきってあげる!」
「僕の毛(着ぐるみの)は伸びないよ」
 女の子は不思議そうな顔をして、ちょっと考えた。
「犬の毛はのびます」
「そうだね」
「ばんけんマンは犬です」
「そう見えるね」
「だからばんけんマンの毛ものびます」
「……うん」
 夢を壊しちゃいけないよね。ヒーローなんだし。あと、三段論法を使いこなす彼女の未来は明るいと思った。
「約束だよ!」
 女の子は元気よく言って走って行った。あの子が大人になるころも、僕はヒーローを続けているんだろうな。

夢みること

(叶うといいね)