今朝は冷えた。着替えを済ませて暖房の切れたアジト内を歩くうちに、体の熱が空気中に溶け出していくのがわかった。
 雪が降っているのかもしれない。
 そう思ってマグマ団が育成しているホエルコに乗り、洞窟の外を覗いてみると、灰雪がひらひらと舞っていた。ミナモシティが白く覆われている。
「今日は部屋干しだなあ」

 天気を確認したところで、自分の仕事場である洗濯室へ向かった。
 籠に放り込まれている臙脂色の肌着と上着とを、二台並んだ洗濯機に入れていく。マグマ団は大所帯なので洗濯も一苦労なのだが、せっけんの香りが好きな私は、この仕事が性に合っていた。
「よっ、洗濯大臣」
 ひょこっと顔を出したのは、五つ子したっぱの四男くんだった。彼のキレのいい叱咤激励はマグマ団の一部で話題になっている。
「あぁ四男くん。おはよう」
「まだ間に合うか? 昨日籠に入れるの忘れちまって」
「うん大丈夫。貸してー」
 彼が寄越した服をすかさず洗濯槽に投げ込んで、スイッチを押す。次に洗剤と柔軟剤を量って蓋を閉める。水流が聞こえてきたら一段落。我ながら惚れ惚れする手際のよさだ。

 四男くんを見ると、ついさっき電源を入れたばかりのヒーターで暖を取っていた。寒がりのスバメみたいだ。
 私も冷えた両手をヒーターの熱気に晒した。
「寒いよね。外は雪だよ」
「マジか! 参るよな。おれ今日、入口の見張りだぜ」
「わあ大変。あそこ冷えるもんね。でもまあ暇な仕事でよかったね」
 まあな、と四男くんは頷いた。
「なあ……お前クリスマスは予定あんの?」
「仕事だよ。イブもね」
「そうか。おれもだ」
 妙な連帯感と寂しさが生まれた。四男くんがぽつりと、爆発しろと呟いたのが聞こえたような気がした。
「んじゃ、もう行くわ。朝食がまだなんだ」
「いってらー」
 彼の背中を見送って、ほのかに温まった手を揉みしだいた。そろそろ仕事に入らねば。
 基本的に幹部の制服は手洗いだ。ホムラさんの服は、ご本人が「そんな非効率的なことをしなくて宜しい!」とおっしゃっていたからネットに入れて洗っているけど、マツブサさまは毛玉とか気にしそうだし、カガリさまの上着はお洒落なデザインゆえに少し複雑な作りをしているから、手で洗うのが安心なのだ。
 幹部専用の籠を見やって、その内のひとつが空であることに気づいた。カガリさまの服がない。いつもなら、きちんと畳んで入れてあるのだが。
(どうしたんだろう)
 ちょっと様子を見に行くことにした。

 通路を渡り、いつものようにワープパネルで酔いつつも、カガリさまの部屋にたどり着いた。
「失礼します」
 カガリさまはデスクにもたれて寝入っていた。さては仕事に追われて寝落ちしたのだろう。
 けれどこのままでは風邪をひいてしまう。起こすべきか、と寝顔に近づいたちょうどそのとき、ぱちりと紫色の目が開いた。
「あ……おはようございます」
 おはよう、と上体を起こしたカガリさまは私の出現を不思議に思ったのか、小首をかしげた。
「洗濯籠にお洋服がなかったので、どうしたのかなーと思いまして」
「………………レポート。………………徹夜」
「お疲れさまです。ホットミルクでも用意しましょうか?」
「………………いい。………………それより………………待ってて。………………服、脱ぐから」
 そう言うやいなや、カガリさまは立ち上がって赤いタイトスカートを下ろした。私はすぐさま後ろを向いたけれど、薄紫と黒のレースを見た気がしてドキドキした。
「………………スミビ」
「はい」
「………………クリスマスの予定………………教えて」
「私は仕事なんです。恋人もいないし、家族と過ごすにも実家が遠いので……休みは取りませんでした」
 あらためて口に出してみると寂しいものがある。いたたまれなくなって「カガリさまは?」と振ってみたが、衣擦れの音がするばかりで反応はなかった。聞いてはいけなかっただろうか。
「あの、カガリさま……?」
 恐る恐る振り返れば、替えの制服に着替えたカガリさまが立っていた。その視線には、どこか咎めるような気配があった。
「………………ボクも働く」
「そうですか。一緒に頑張りましょう!」
「………………当日………………プレゼント………………持参………………すること」
「プレゼント、ですか?」
「………………なんでもいい………………エクスチェンジ………………したい。………………キミと………………パーティー………………したい」
 カガリさまの言葉を翻訳した私は、「ああ!」と手を打った。
「プレゼント交換ですね。楽しそう! パーティーもいいですね。仕事終わりに何か美味しいものを食べましょう!」
 カガリさまはこくりと頷いた。少し口角が上がっている。
「そうと決まれば皆を誘わなくちゃ! あとホムラさんにチキンが経費で落ちるか訊いてきます!」
 私はカガリさまから預かった洗濯物を持って駆け出した。

雪の日に