薄紅色の口が弧を描く。
 己の下にある肢体に舌をはわせれば、肌は温かく、つるりとしている。そこでぼんやりと、相手が同族でないことに気づく。
 けれども行為は止まず、やがて、思考の消えた律動と深い一体感だけが心身を占める。
 そして――
「っ!」
 体を巡る血潮の音に、何か柔らかな重みが加わる。
 ――布団か。
 ヒューガルデンは目を開けた。
 窓から差し込む朝日が夢の名残を洗い去っていく。しばらく鳥の声に耳を傾けていると、心地よい陶酔が引いていった。

 精細な夢ではなかった。ただ曖昧な輪郭と体感があるだけの。
 しかし、相手はどことなく――指揮官に似ていた。
「むう……」
 胸にもやがかかる。無意識による不可抗力とはいえ、夢のしとねに付き合わせてしまった。申し訳ない。
 体を起こして、下着を替えにタンスのほうへ行く。着衣を汚したのはかなり久方ぶりな気がする。近年は性欲が落ち着いていたから油断していた。
 ――そう、生理現象に過ぎない。
 男性として生きる以上、子種は日々産生される。だから、出さなければ出ることもあるというだけの話だ。古いものを排出しようとする体によって、あの夢が誘発されただけだ。
 そう言い聞かせながら着替えを済ませ、冷水で濡らした顔をタオルで拭く。少し落ち着いた。

 川魚のマリネが冷蔵庫にあったはずだ。トーストと共に食べよう。
 うん、とひとり頷き、計ったコーヒー豆を挽き始める。小気味よい音と豊かな香りがヒューガルデンを思索に誘う。
 ――だが、ほかの誰でもなく夜野だったということは――。
 指揮官としてだけではなく、恋愛の対象としても彼女を気にかけているのだろうか。

 会う頻度が比較的高いから夢に出ただけではないか、という気も少しする。
 しかし、彼女の控えめな距離の取り方や立ち居振る舞いは好みと言える。
 先ほどの夢も、戸惑いはしたものの嫌ではなかった。むしろ――
 そこまで考えて首を振った。今日は訓練所へ行く日だ。夜野とも会う。
 いつもどおりに振る舞えればいいのだが。
 ヒューガルデンは自身の平常心を少しだけ不安に思った。

余熱