月が明るい。
 眩しいまでの月光が木の葉の合間を縫って降り注ぎ、ユメの顔をまだらに染めていた。
 瞬きを一つ、二つと繰り返す。
 ユメはまんじりともせず、夜空を眺めていた。
 ハンモックは優しく体重を受け止め、ブランケットは温い空気を閉じ込めている。寝心地は申し分ないのだが――どうにも慣れない環境のせいか、目を閉じると眼球が居心地悪そうに揺れ、また目を開けてしまうのだった。

 なにか、ふんわりしたものを抱きしめられればいいのに。そうすれば、きっと落ち着いて眠りにつくことができるのに。
 ユメは自分の部屋を懐かしく思った。
 四方を壁に囲まれた、閉じた空間。ベッドにはいつも、大きな鯨のぬいぐるみが気だるげに寝そべっていた。それは昔、水族館へ行ったときに駄々をこねて買ってもらったもので、小さなユメが両腕を回しても足りないくらいの胸囲を誇っていた。枕に背当てにと活躍するうちに圧縮され、わずかに嵩が減ったようだったが、柔らかな手触りはいつもユメを安心させてくれた。
 あの子はまだ、部屋にいるだろうか。
 帰らぬ主人を待ち続けるのだろうか。
 そんなことを考えてみても、瞼は重くなる気配を見せない。ユメは身体を起こした。

 少し歩くと、ハンモックに寝そべる男が見えた。シャツ姿でくつろいでいる。
 薄ぼんやりと浮かぶ白い顔は、寝ているのか、起きているのか判別がつかない。が、ユメの足音を聞きつけたのか、ゆっくりと顔を動かした。

「あの……ブランケットをもう一枚借りてもいい? なければ、別にいいんだけど」

 スレンダーマンがぬいぐるみを持っているかは怪しいので、丸めた布で代用しようと考えたのだ。
 彼は木の根元に置いてあるトランクへしゃがみ込むと、ごそごそと漁りだした。黒いスラックスに締められたシャツが、腰のあたりで窮屈そうな皺をつくる。
 珍しい、とユメは思った。彼を見下ろすことなどなかったのだ。あれほど自分を恐怖させた体躯なのに、今ではどこか人間くさく、信頼すら覚え始めている。

 取り出した紺色のブランケットを手渡し、さらにスレンダーマンは木の枝に掛けてあったスーツを羽織らせようとした。
「ううん、寒いわけじゃないよ。ただちょっと、心細くなっただけ」
 その言葉に彼はすこし首を傾げた。言葉はなくとも、心配する気配が伝わってくる。

「じゃあ、ありがとね。おやすみ」
 ハンモックに戻ろうとして、ユメは自分の後に続く足音を聞き、立ち止まった。
「大丈夫、一人で眠れるよ。私、子どもじゃないし」
 振り返った肩に、彼の手がそっと触れた。あやすように、いたわるように。
 ――きみは独りじゃない。
 そう言っていると思いたかった。
 押さえつけていた感情が溢れそうになって、ユメは目を伏せた。私には、彼がいる。

眠れぬ夜