就業間際におこった事故処理が長引いたため、暗い仕事場には、もう3羽の兎しかいなかった。
ボリスはペンを走らせていた手をとめ、離れた席のコニーに注意を向けた。先ほどから動く気配がない。
明るく照らされたデスクに近づくと、コニーは静かに寝息をたてていた。珍しいこともあるものだ。
「おい、眠いんなら帰れ」
「……あ、すみません」
「顔赤いぞ、熱あんのか?」
額に手をやると、やはり熱かった。心なしか目も潤んでいる。
「風邪でもひいたか。あとは俺がやっとくから、今日はもう帰れ」
「や、そんなわけには」
「何? 熱? どれどれー」
コーヒーを持ってきたコプチェフが、コニーと自分の額を突き合わせた。狙いすました行動である。
両手がふさがっているのなら、カップを置けばいいのだ。
「……おい」
「ほんとだ、熱いよコニー。俺とボリスでやっておくから、お帰り」
「大丈夫です、あとちょっとですし! ちゃちゃっと終わらせます」
コニーは頑張り過ぎるきらいがある。体調が悪いのに、無理をさせたくない。
「ひとの好意には甘えとけって。頑固なの、お前の悪いところだぜ」
「ボリス、」
コプチェフが控えめに非難し、
「ねっ、コニー! また別の日に頑張ればいいんだしさ。そんなに気にしないで」
「……じゃあ、すみませんが、お願いします」
おやすみなさい、と申し訳なさそうな笑みを残して、コニーはドアのむこうに消えた。
「今の、きつかったか?」
「コニーは強くふるまってるけど、本当は繊細な女の子なんだから。気遣ってあげないとさ」
「でも、ああ言わねえと帰らないと思ったんだよ」
「そうだけどね……って、プッ。ボリスやさしー」
神妙な面持ちはどこへやら、瞳がさも可笑しそうに三日月形に歪んだ。
「コプチェフてめえ笑いやがったな」
「ボリスがコニーのこと好きだとは知らなかったな」
「別に……」
「ごめんね、俺のほうが好感度高いからさっ」
「好きじゃねえって言ってんだろ!」
照らされた心