休日の昼下がり。僕の家を訪ねてきたのはちょっと厄介な人でした。
「やあ、ひっさしぶりだねノビト! また地蔵に似てきたんじゃない?」
嬉しくない挨拶に次いで、僕の頭を頭皮マッサージの勢いで撫で回すこの人は、6つ上のいとこです。祖母に感化され考古学を学んでいて、ときどきうちにやって来ては保管してある地蔵を研究して帰っていきます。
「……お久しぶりです」
「皆は居る?」
「妹は友達の家へ遊びに、祖母は壊れた地蔵を探しに行きました」
「そっか。ノビトが言うと日本昔話みたいだね!」
「は?」
「とりあえず上がっていいかな?」
ユメさんは僕が了承するのを見越して家へ上がりました。
「これお土産」と鞄から取り出したのは、善光寺の提灯です。筆文字の横に本堂が描かれています。
僕は落胆を隠せませんでした。「また提灯ですか……」
ユメさんはなぜか、遠出のたびにご当地の提灯を買ってきます。お陰でうちの居間はちょっとした居酒屋みたいになっています。
「こういうのって集めたくなるんだよね」と、ユメさんは壁に飾られた無数の提灯を眺めやりました。「ここまできたら全国制覇したいよね!」
「いえ、結構です」
「つれないなあ……。まあいいや、蕎麦とおやきを買ってきたから食べてよ。あと七味も」
「あ、これは嬉しい」
「善光寺はよかったよ! 御開帳ですごく混んでたけど、回向柱にじっくり触れてきたからね。きっとご利益あるよ」
「何をお願いしたんですか?」
「家内安全と、えん……」言いかけて、ユメさんはにやりとしました。「ふふ。もうひとつは秘密」
「……察しがつきました」
おそらく縁結びだろうと思いました。年頃の女性が願うことといったらそれです。
「あとお戒壇巡りをしたよ」
「真っ暗で何も見えないと噂のやつですよね」
「うん。本っ当に何も見えなかった。どんなに目を凝らしても闇! 暗順応の限界を感じたよ」
「すごいですね。そこまで暗いんですか」
ユメさんの話は旅情をそそりますが、
「それでね、翌日は足を伸ばして野沢という地区へ行ったんだ。そこにはぴんころ地蔵と呼ばれる地蔵があってね――」
油断していると石仏の話になるので、僕はこれを右から左へ聞き流します。
相槌は必要ないのか、ユメさんはひとしきり語ってからお茶をすすりました。
「ところで、ノビトは中三だっけ?」
「中二ですよ」
「彼女はできた?」
ユメさんの中身は、結構な世話焼きおばさんです。
「ん? いま何か失礼なことを考えたね。きみの目に蔑みの色が混じったぞ」
「いませんよ。いないほうが大多数です」
「そうかぁ。いつかきみの魅力をわかってくれる子が現れるといいね」
ユメさんはうんうんと頷いて腕を組みました。「お地蔵さんのような安らかな顔と、慈愛に満ちた心に惹かれる子……となると、やっぱ尼さんみたいなタイプかな」
「怒りますよ」
「ごめんごめん。ついからかいたくなるんだよね」
「地蔵いじりはもうたくさんです」
「そうだ! 地蔵といえばさ――」ユメさんは勢いよく立ち上がりました。「新しいのを見せてよ! またおばあちゃんが持ってきたんでしょ?」
石仏置き場と化している僕の部屋に入ると、ユメさんは首をひねりました。
「なんかさ、前回来たときよりも床がきしむ気がする」
「地蔵の数は増える一方ですからね。その影響が出ているのかも……」
「ふむ」
ユメさんは懐から丸い石を取り出し、それを静かに床の上へ置きました。ちょうど部屋の中心です。石はユメさんの手を離れたとたん、コロコロと地蔵の集団のほうへ転がっていきました。
「あーあー大変だ! この傾斜はまずい!」
「こんなに傾いていたなんて……」
「地蔵の重さが床の耐重量ギリギリなのかもよ。このまま置き続けたら間違いなく床が抜けるね」
いつかこの部屋は崩壊する――。恐ろしい現実を突きつけられて、僕は血の気が引いていくのを感じました。
「ど、どうすればいいですか? 今こうしている間も祖母は壊れた地蔵を探しているんです。修繕が終わって僕の部屋に置かれるのも時間の問題です!」
「うーん……そうだね。おばあちゃんに携帯を渡して、GPSとカメラ機能で『お地蔵さん修繕マップ』を作るのはどう? もとの場所を忘れなければ、これ以上増えずにすむよね」
「なかなかいい考えだとは思いますが……今ある地蔵たちは……?」
「新天地で生活してもらうしかない」
「えっ?」
「誰かに引き取ってもらうんだよ。あるいは、お地蔵さんの喜びそうな場所に安置する。もとの場所を特定するのは至難の業だからね」
「勝手に動かしたら罰が当たりませんか?」
「お地蔵さんは優しいから許してくれるよ。少なくともおばあちゃんに直してもらった恩はあるわけだし……」ユメさんは地蔵たちに優しげな目を向けました。「それに、ノビトの狭い部屋に閉じ込めておくより、外に出たほうが幸せだと思うんだ」
「一言余計です。……でも、やってみます。引き取り手になってくれそうな人もいますし」
「そっか。なら安心! じゃあさ、お地蔵さんたちにお別れの挨拶をしておかないとね。ホラ、この子なんかノビトに瓜ふたつだよ! 生き別れの双子みたい」
対処法の提言で上がったユメさんの株が、このとき再び下落しました。
親しき仲にも