ダイニングに行く途中で、あくびをしているビルスとはち合わせた。
「おはよう。フィズ」
「おはようございます。ビルス様」
「疲れてないか?」
「よく寝たので大丈夫ですよ。ビルス様は体調はいかがですか?」
「調子いいよ。昨日、よく運動したからね」
ビルスはフィズに近づいて顔を寄せた。
「またすぐにでも……とも思うが、無理はさせたくないんだ」
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
ダイニングに歩を進めれば、エプロンをつけたベジータと悟空が立っていた。ウイスと予言魚もいる。フィズたちはそれぞれ朝の挨拶を交わした。
「朝食の準備ができております」
ベジータが恭しく言って飲み物を運んできたかと思うと、悟空がトーストとゆで卵、サラダを次々と並べた。
「いただきます」
六人はテーブルを囲んで一緒の時間を過ごした。緩やかに空腹が満たされていく。家族が増えたような感覚にフィズの気分は華やいだ。
ベジータと悟空は今日も修行に励むそうで、対価として皿洗いを買って出てくれた。雑談をしながら、フィズは洗い終わった食器を拭いて片付けた。
「それじゃあ、頑張ってくださいね!」
「おう、またな!」
城の住人たちは思い思いに散っていき、フィズはリビングで読書を始めた。物語の展開を楽しみつつページをめくる。
三時間ほど経った頃、別室で過ごしていたビルスがやってきた。フィズはしおりを挟んで本を置いた。
「フィズ、ボクの膝を貸そうか」
「はい。お借りしますね」
ビルスに膝枕をしてもらい、ソファに体を横たえる。髪をいじられるので、少しくすぐったい。
「どんな本を読んでいたんだ?」
「不老不死になれるという仙薬をめぐって戦う話です」
「バトルものか。ちょっと気になるな」
「面白いのでおすすめですよ」
フィズは内容を回想した。
「私、寿命を延ばしたいとか、不老不死になりたいだなんて考えたこともなかったんですが、初めて、長く生きたいと思いました」
「へえ?」
「ビルス様とずっと一緒にいたいですから」
「いじらしいこと言うじゃない」
ビルスの指がフェイスラインを優しく撫でた。
「覚えておこう。ドラゴンボールを集める機会があれば、叶えてやれるからな」
「よろしくお願いします」
その時、ウイスがリビングに入ってきた。
「あら、お邪魔してごめんなさい。ビルス様にお客様ですよ」
「客?」
三人で来客のいる部屋に移動すると、ふたりの人物が目に入った。
ひとりはビルスに似た姿だ。紫色でふくよかな体は立派に育ったなすを思わせ、フィズはほっこりした。
そばに控えるポニーテールの女性はウイスに似た雰囲気をまとっている。おそらく天使なのだろうとフィズは思った。
「なんだ、シャンパか」
気が抜けたようにビルスが言う。その名前にフィズは聞き覚えがあった。
「ビルス様のご兄弟だという、あのシャンパ様ですか?」
「そうだが?」シャンパは小首を傾げた。「見ない顔だな」
「初めまして。フィズと申します」
「ボクの大切な伴侶だ」とビルス。
「何ぃっ!? 結婚したなんて聞いてないぞ!」
「結婚はまだですよ」
しばし拳を握りしめていたシャンパだったが、ビルスに指を突きつけた。
「恋愛なんかにうつつを抜かしやがって、破壊神の仕事はしてるんだろうな!?」
ビルスはきまりが悪そうに黙っている。そういえば近頃星を破壊したという話を聞いたことがない。
「あら、シャンパ様も人のことは言えないではありませんか。最近は地球の料理を食べてばかりで……」
「うっせぇぞ、ヴァドス!」
「で、なんの用だ」
問われたシャンパはひとつ咳払いをして、ニヤリと笑った。
「ついこの間、超美味いカップラーメンを発見したのだ。ビルス、おまえに恵んでやろうと思ってな」
ヴァドスが杖を一振りするや、黄色い容器のカップラーメンが数個現れた。
「お湯が要りますね! お待ちください」
フィズはキッチンに急いだ。
やかんを手に戻ってくると悟空とベジータが来ていた。何やら重たそうなスーツを着込んでいる。
フィズは湯を入れて砂時計をひっくり返した。なんだか空気がはりつめていて、3分が長く感じる。
「はい、出来上がり」
ウイスの合図で第7宇宙の5人はカップラーメンを分け合って食べた。カレーとチーズの混ざり合った濃厚な味がとても美味しい。
ビルスは真っ先に美味いと言いそうなものだが、無言で咀嚼している。どうやら本当に仲が悪いらしい。
「ふん、あまりの美味さに言葉も出ないようだなぁ?」
「うんめー!」
悟空が率直な叫びで沈黙を破った。次いでベジータも口を開いた。
「こってりしたカレースープにチーズが加わることで、まろやかな口当たりになっているな」
「だろー? どうだ、参ったか」
ニヤニヤするシャンパを一瞥し、ビルスは「ウイス、あれを」と静かに言った。
「はい。ただ今」
今度は茶色い容器のカップラーメンが現れた。もやし味噌とフタに書いてある。これはたしか以前食べて美味しかったやつだなとフィズは思った。
3分後、シャンパとヴァドス、悟空とベジータは揃って麺をすすった。
「もやしがシャキシャキしてうんめぇぞ!」
「弾力のある麺にコクのある味噌スープ……。あと引く味だな」
シャンパは脇目も振らずに食べ進め、スープを飲み干した。
「ぷはぁーっ!」
容器を置くなり向かいのビルスと目が合い、「ま、まあまあだな」と述べた。
「あのもやしはおまえらがちょい足ししたのではあるまいなぁ? 反則だぞ、反則」
「作るところを見てなかったのか? もとから付いてたものだ」
「ぐっ……。どうよ、悟空? チーズカレーの圧勝っしょ?」
「どっちも美味かったぞ! ……です。な、ベジータ」
「そうだな。どちらも良さがあって選べん」
「それじゃあ勝負にならん」
引き分けかと思われたその時、ビルスが「フィズ、あれを」と言った。
「わかりました」
フィズは冷蔵庫から平らな容器に入ったクリームブリュレを持ってきた。フタを取り、表面をバーナーで炙る。
「いわゆるキャラメリゼというものですね」とヴァドス。
「まるでボクらみたいだな、フィズ。熱によってますます絆は固くなり、幸せな香りがただよう……」
「のろけるな!」
「どうぞ、お召し上がりください」
シャンパとヴァドスはスプーンで一口食べた。
「ま、これは……。表面はパリッと、中はとろっと。ふたつの食感とほどよい甘みが美味ですね」
シャンパは笑顔で食べ終えたあと我に返り、「ス、スイーツくらい第6宇宙にもあるし」とそっぽを向いた。
「とは言いましてもシャンパ様。今回は先ほどのカップラーメンしか持ってきておりませんよ」
「そうか……」
渋い顔をしたシャンパだったが、気を取り直したのか、腕を組んで胸を反らした。
「今回は負けを認めてやる。だがな、次こそは第6宇宙のうんまい食べ物でギャフンと言わせてやるからな! 震えて待つがいい!」
シャンパは高笑いを響かせながらヴァドスと城を出ていった。
「やれやれ、うっさい客だったな」
「ビルス様ったらテンションが低かったですね」
フィズが指摘すると、ビルスは「あいつとは反りが合わないんだ」とこぼした。
「それよりさぁ、フィズ。ボクらはそろそろ身を固めてもいい頃かもしれないな」
「へぇーっビルス様たち式挙げんのか? オラたちも呼んでくれよ」
「もちろんだ」
「いささか早すぎやしませんか?」
「そう? じゃ、もう少し待つよ。ボクは気の長い神様だからね」
ビルスは笑みを浮かべてフィズを手招いた。そばに来たところを抱きしめて、フィズにだけ聞こえる声でささやいた。
「これからもじっくりと絆を深めていこうじゃないか」
「はい!」