※明晰夢中級者の女の子が世界の終わりに行く話。FF13-2プレイ済み。ゆえにネタバレあり。他作品のネタあり。恋愛要素なし。

「……い、おい、あんた」
 体を容赦なく揺らされて目が覚めた。と思ったけど、目に映った人を見て、私はまだ夢の中にいるんだなと合点した。それもただの夢じゃない、今年で一番いい夢だ!
 むくりと体を起こすと、目の前の青年は「よかった、目が覚めたんだな」と本当にほっとしたように眉を下げた。さらさらの髪で、瞳と同じく蒼い民族衣装を身にまとっている。どこからどう見てもノエルその人だった。
(やば……私の夢にノエルが! ノエルが出た!)
 抱きつきたいくらい嬉しくなったけど、それはユールちゃんの特権だもんね! と内からこみ上げる衝動をなんとか抑え、私はできる限りいい笑顔で言った。
「おはよう!」
「もう朝って時間じゃないけどな」
 ノエルは少し笑った。
 たしかに、空高く陽が昇っているようだった。灰色の雲に覆われてほとんど見えないけれど。
「とりあえず無事でよかった。あんた、どこから来たんだ?」
 興味津々といった様子で彼が訊いた。
 どこから、と言われてもな。これは私のみている夢だから、厳密にいえば寝室から来たことになるんだろう。でも、そう答えると話がこじれてしまう。こういうときはごまかすに限る。
「覚えてないや」
 私が言うと、ノエルは怪訝そうな顔をした。
「質問。魔物に襲われたり頭を強く打ったりしなかったか? ほかに覚えてることは?」
「えっとね、いろんなことが曖昧なんだ。頭打ったのかな。ただ、名前は覚えてるよ。ユメ……夜野」
「ユメか……了解。俺はノエル」
 ぽつりと言ってから、彼は何やら考え始めた。「どういうことだ?」とか「記憶喪失か?」とか、いろいろ呟いている。
 そのあいだ私は、ノエルの腕を触りたいなあ、なんてことをぼうっと考えていた。いい感じに鍛えてあるんだよね。手を伸ばせばきっと確かな感触があるのだろうけど、会っていきなり触るのはまずい。そこらへんはわきまえている。
 いや、やっぱり触ろうかなと考えたところで唐突に咳き込んだ。喉の奥がちりちりと痛む。
「大丈夫か?」
 背中をさすられた。大丈夫と言いたかったけど、咳が続いて言葉にならなかった。ちょっと涙目。
「きっと、クリスタルの粉塵のせいだ。倒れてるときに吸い込みすぎたんだろう」
 ノエルは苦々しく足元を睨んだ。そして、私の咳が治まったのをみて、すっくと立ち上がった。
「行こう。すぐ近くに集落があるんだ。そこで休んだほうがいい」
「じゃ……お言葉に甘えようかな」
 ノエルは頷いて、手を差し出した。「立てるか?」
 胸の奥がきゅんとした。自力で立ち上がるなんて造作もないことだけれども、こんな機会そうそうないので、彼の手を借りた。
 そうして辺りを見渡してみると、自分たちが白い砂漠にいるのがわかった。ずいぶん広い。あるのは、枯れた木と黒っぽい岩石だけ。
 たしか、死にゆく世界といったっけ。色彩に乏しい世界のなかで、ノエルだけが鮮やかに映る。
 きれいだと思った。彼はもちろん、景色が。
 見れば見るほど、ついに私もこのレベルになったんだという感慨が湧いてくる。
 明晰夢は自分の好きなことができる夢だ。冒険でも、恋愛でも、自分の頭で想像できることなら何でもできる。
 ただ、内容を自分で作らないといけない。半分眠っている頭でそれをやるのは意外に難しく、人や物の輪郭がぼんやりして、形をなさないことがままある。
 だからといって、精細な夢にしようと力むと、眠りが浅くなって目が覚めてしまう。この加減が難しいのだ。
 それが、今や現実と見紛うようなリアリティで私の目の前に広がっているのだ。こんなに嬉しいことはない。
 歩き出したノエルに手を引かれて、私がまだ手をつないだままでいることに気付いた。
「あっ、ごめんね」
「……なにが?」
「手。借りちゃって」
 そう言って解こうとしたけれど、私の手はしかと握られたまま。異性と手をつなぐなんて体験はそうそうなかったから、心臓がやけにうるさい。
「ああ」ノエルは、なんだそんなこと、という風な顔をした。「もう平気なのか」
「うん。元気だよ! ぴんぴんしてる!」
 だから放してという私の願いが届いたのかは知らないが、ノエルは手を解いた。
「あんた、今にも倒れそうだったからさ」
「そ、そう?」
 危ないところだった。ときめき体験は大歓迎だが、眠りが浅くなるから過度の興奮は禁物だ。
 でも、目が覚めそうになったときに感じる、布団の重みやシーツの手触りを感じなかったのはなぜだろう。
 目覚めそうで目覚めない、眠りの加減を習得したのかもしれない。
 ノエルのあとを歩きながら、そんなことを考えた。