村に着くと、ノエルが仲間に引き合わせてくれた。「狩りに行ったら、人が倒れてた」というなんとも簡潔な説明を添えて。
 ユールは驚愕の表情を浮かべ、カイアスは特に驚いた風のない無表情で、私と対面した。
「こっちがユール。で、こっちがカイアス」
 ノエルが二人を指し示した。
「ユメです。よろしくー」
 ぺこりとお辞儀をすれば、瞳を輝かせたユールと目が合った。
「すごい! 本当にいたんだね」
 彼女は透き通るような声で言って、私の手を取った。きらきらと星が飛びそうな勢いで、じっと見つめてくる。
 よせやい、照れるぜ。
「たしか、こういうときに言う挨拶があったよね」ユールは楽しげにノエルを見やった。「ねえ、覚えてる?」
「ん?」
「顔見知りでない人に会ったときに、言うことば」
 ノエルが答える前に、
「初めまして――ではないかな?」
 と、カイアスが口を挟んだ。
「そう、それ。ユメ、初めまして」
 改めて可憐に微笑まれ、私はちょっとドキドキした。彼女は笑うと、すごくかわいいのだ。なんというか、花が綻ぶような、見ていてほんわかする笑顔だ。
「ご丁寧にどうも。こちらこそ、初めまして」
 私はもう一度、軽く頭を下げた。
 ユールはまだ、柔らかな笑みをたたえている。
「なんだか、わくわくするね。出会いって、こんなに嬉しくなるものなんだ」
「だよな」ノエルが興奮気味に頷く。「なんか、まだ信じられない。俺たち以外に人がいたなんてさ。ここ数年で一番驚いた!」
「そんなに驚くことなんだ」
 私が思わず呟くと、
「ああ。だって、近辺に村はここだけだろ。外から誰かが来るなんてこと、カイアス以外になかった」
 ノエルは腕を組んで、私を物珍しそうに見つめた。
「あんた、相当遠くから来たんだな。きっと」
 UMAを発見した生物学者のようにはしゃぐ二人を眺めているうちに、少しずつゲームの記憶が蘇ってきた。
 ノエルたちがいたのはAF700年、滅びの時代だ。数百年前、コクーンが落ちたときに撒き散らされた汚染物質が、土を汚し水を濁らせた。人々はその過酷な環境のなかで寿命を縮め、数を減らしていき――最後に残った人間は、世界でたった三人だけ。
 そうか、そうだよね。驚くわけだ。
 街へ出れば無数の人とすれ違う私には実感がわかないけれど、ここでの出会いは特別なものに違いない。ユールが初対面の挨拶を忘れてしまうのも無理からぬことだ。
「ユメは、どこから来たの?」
 ユールが訊いた。
「それが、よく覚えていなくて。目が覚めたら、砂漠にいたんだよね」
 とにかく夢の流れをこじらせたくない私は、また少しだけ嘘をついた。
「記憶喪失ってやつかもな」
 ノエルが自信なさげに言う。不思議そうな顔をするユールに、
「人間とは妙なものでね。ストレスや頭部への衝撃で、記憶を失くしてしまうことがあるんだよ」
 カイアスが説明した。
「そうなんだ……。頭、痛くない?」
 小首を傾げるユールに「大丈夫だよ」と答えると、彼女は表情を緩めた。
「なあ、どうすれば記憶が戻ると思う?」
 ノエルが真面目な顔をして、カイアスに尋ねた。
「さあな。私にも、わからないことはある」
 少し考えてから、カイアスは背中の大剣に手をかけた。
「一説では再び衝撃を与えると記憶が戻るらしいが……」
「いやいやムリムリ」
 私は激しく首を振った。ゲーム内でコテンパンにやられたのを忘れてはいない。
「……まあ、じきに思い出すかな」
 ぽつりとノエルが言った。
「しばらく一緒にいればいいさ、ユメ」
「うん! そうさせてもらうよ」
 とてもありがたい提案だった。私が明晰夢でやりたいことといったら、美しい景色を見ること、現実では会えない人に会うこと、魔法を使うことの三つだ。せっかくなのだから、心ゆくまでこの世界を満喫したい。
 まあ、厳しい時代だから、観光というよりは部族滞在記のようになりそうだけど。
「それで、いろいろ思い出したら旅をしよう」
 意気揚々と、ノエルが続けた。
「ユメの故郷に大勢、人がいるかもしれない。四人でそこへ行こう。賑やかなほうが、ユールも嬉しいだろ?」
 想像もしていなかったのだろうか、ユールは目を瞬かせて、それから頷いた。
 なんだか楽しくなってきた、と思った。
 明晰夢の可能性は無限大だ。私がそうあれと望めば、この世界に合わせた『私の故郷』を作って、ノエルたちが驚くような数の人々で出迎えることもできるだろう。
 けれど、カイアスは頷かなかった。
「厳しいことを言うようだが、君には現実が見えていない」と、ノエルを見据えて一言、静かな声で言った。
 武器も荷物もない私が旅をしてきたとは考えられない。仮にそうだとしても、一人で砂漠を渡る理由がない。もし私に仲間がいれば、汚染の少ない土地を求めて、ともに移動するはずだと。
「でも、斥候かもしれないだろ」
「あまり希望を持ちすぎるな。打ち砕かれたときつらい」
 私は渋い反応をするカイアスにもやっとした。彼は世界を破綻させてゲームをバッドエンドに導いた首謀者だ。いったい何を考えているのだろう。