語り部の仕事を終えて、まだ時間があるので私はノエルに魔法のコツを訊いていた。
「はっ!」
 彼の腕から放たれた流れ星のような光が、白い軌跡を描いて消えた。ルインだ。
「……こんな感じかな。魔法をイメージして、気合を入れるんだ。そうすると自然とうまくいく」
「何か掛け声やモーションがあるといいのかもしれないね」
 ヒントを得た私はうんうんと頷いた。
 いっそのこと、光よ! とか言ったらいいのかな。たしかカイアスは「戦慄に舞い踊れ」とか「星の骸よ」とか言ってたよなぁ。
 覚えているのは彼のことを好きだからではない。面白かったからだ。
「ありがとうノエル! ちょっとひとりでやってみるね」
 掛け声を聞かれたり失敗したのを見られたりすると恥ずかしいので、村の外れで練習することにした。
 まずはイメージしやすいファイアから。
「弾けろ火の玉!」
 勢いよく空中を指差してみたけれど炎は出なかった。
「うーん、なんか違うな……」
 言葉のセンスがないような気がする。
「紅蓮の炎よ、我が指からほとばしれ!」
 やや中二病のようだが、手応えはあった。この調子で続けてみよう。
 そうして夢中になっていたから、背後に近づく音に気付くのが遅れた。振り返ると、そこには歩行型シ骸のストリゴイがいた。
 それがベヒーモスのような獣のモンスターなら、迷わず逃げることができたのかもしれなかった。シ骸はもとは人だったなんて――。私は恐怖と哀れみで動けなくなった。
(馬鹿! 私!)
 ストリゴイは重たそうな腕を引きずり、哀れっぽい呻きをあげながら近づいてくる。
「――い」
 十分に接近すると鉱物のような腕を振り上げた。
「痛いのは嫌! 盾をお願いプロテス!」
 私がそうまくしたてたのと、しゅわんと音がしたのと、ストリゴイに打たれたのは同時だった。
 後方に吹き飛ばされ、尻もちをついた。少し痛い。けれど思っていたほどの痛みではない。
 その時、黒い風が吹いた。カイアスがストリゴイを一刀のもとに倒したのだ。
 私は安堵しながら「一足遅いよ」と文句を言った。
「成功したようだな」
 カイアスは不敵な笑みを浮かべている。
「成功って?」
「プロテスを使ったではないか」
「えっ嘘!? あ、それであまり痛くなかったのかぁ」
 私は自分の手をしげしげと眺めた。魔法を使ったとはいまだに信じられない。火事場の馬鹿力というやつだろうか。とにかく開花してよかった。
「ところで、いつから見てたの?」
「この場所で練習を始めるところからだ」
 それなんてストーカー……。私は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「大したダメージではないが、回復しておいたらどうだ」
「そうだね。……ケアル」
 胸に手を当てて呟いてみたけれど、回復した感じはしない。
「君はまだ、詠唱に頼らないとできないようだな」
 カイアスは手をかざすと口を開いた。
「天上の光よ、傷つき倒れた者の体を包み、癒したまえ」
(うわあ……)
 生で詠唱を聞いてしまった。なんだか全身がこそばゆくなる。
「白魔法使えたんだ」
「私を何だと思っている。このくらい容易いことだ」
「さすがですね。回復ありがとう」
 そういえば、魔法ができたら試してみたいことがあった。花を咲かせてみたいのだ。
 私とカイアスは村に戻ってユールとノエルに報告した。ふたりは私の成長を祝ってくれた。
「早速試してみるね」
 咳払いをして、そっと地面に触れた。
「お花よ咲いて」
 そう女の子らしく言っても生えてこず。やはりだめだ。気合の入った詠唱をしないと。
「土に眠る種子よ、目覚めて根を伸ばし、我がもとで咲き誇れ!」
 すると私を中心に円を描くように草が芽吹き、ガーベラのような花が咲いた。
「すごいすごい!」
「感動。こんな不毛の地に花が咲くなんてな」
 ふたりは詠唱を笑うどころかこの上なく喜んでくれた。ユールは花を一輪摘んで、香りを楽しんでいる。
「なにか、お礼がしたいな」
 天使のような微笑みに私はキュンとして、彼女を守りたい気持ちがわかった。
「そんな、礼にはおよびませんよ」
「でも、ユメが来てから楽しいよ。ありがとう」
 その時、上空に白っぽく複雑な文様のある丸窓のようなものが現れた。
「エトロの門だ」とカイアスが言う。
 そこから光が差し込んできたかと思うと、私の体がふわりと浮いた。
「え、なにこれ!?」
「帰る時が来たのかな」
 そんな……なにもできてない。お別れも言ってない。やだ、まだ帰りたくない――。
 私の体は三人の手の届かない空中に浮かび、上昇を続けていた。
「泣かないで。また会えるから」
 ユール、それはノエルに言う台詞だよ。
「ユメ、いろいろありがとな! 元気でな」
 ノエルが大きく手を振る。
「皆も元気でね!」
 手を振り返せば、まばゆい光に包まれた。

 白い光がおさまり、薄暗くなった。何か狭い空間にいる。目を開けると車の運転席に座っているのだとわかった。
 次第に記憶が戻ってくる。ここはコンビニの駐車場だ。家へ帰ろうとしたけどあまりにも眠くて、これでは危ないと仮眠を取ろうとしたのだった。
 どれだけの時間、車内にいたのかわからないが、体の節々が痛む。私は車の外に出て伸びをした。日が沈んで暗くなり始めている。
 さっきのは、やっぱり夢だったのだろうか?
 明晰夢のデメリットは、しばしば目覚めたあと虚しくなることだ。今までは平気だったのに、こんな、精細な夢を見たのは初めてだったから――。
 ふと、コンビニの入口の上にかかった横断幕が目に入った。ライトニングリターンズファイナルファンタジー13予約受付中。
 そうだ。新作が出るんだった。それを知ったからあんな夢を見たのか、それとも女神の壮大な宣伝だったのか。
 車から財布を取って、入口に向かう。ゲームの予約をして、「また会う」ために。

 帰宅して鏡の前に立った時、カーディガンに刺繍があって腰を抜かした。
 夢ではなかったのか。
 私は少し考えて、電気のスイッチを指差した。
「闇の精霊よ、明かりを消し、この部屋を夜闇に沈めよ」
 しばらく待ったが何も起こらず、私はひとりだというのにすごい羞恥に襲われた。マナだか魔素だか知らないが、魔法に必要な何かがこの世界には足りないのだろう。
 まあ魔法が使えなくともなんとかなる。下手な魔法より便利な物に溢れているのだから。私はふっと笑って胸元の刺繍を撫でた。あの終末の世界で得た幸福な思い出を胸に、これからも生きていこう。